第325話 交渉への布陣

ギムリウスの友人だとはきいていた。

同じパーティに所属したことも知った。

しかし、これでは。

ご老公は、うなった。

まるで、名うての外交官。

か、または詐欺師。


「いえ、彼とミイシアは、我がクローディア家の家中のものです。」

クローディアは、にこやかに口をはさんだ。

「留学は了承しておりますが、このような事態に巻き込まれるとは当人たち思ってもいませんでしたでしょう。」


「ふむ。それで?

ギヴリークはどう“ 落とし前”をつけると思うのかね?」


「クローディア大公をエステル伯爵に任命。」


少年はにこやかに言った。


政治向きの話のわかるジウルやオルガ、頭のいいドロシーや世情に長けたエミリアなどは、はっとしたように目を見開いたが、どうでもいいと思っているアウデリア以下は、お茶とケーキのおかわりを頼んでいた。

ギムリウスは、アキルとミランを相手にあやとりをはじめていた。

こいつらまあ、しょうがないとして。


ウォルトは思った。


“ ラウレス! おまえはちゃんと関心持ってきいとけ! 元竜人部隊の最高顧問だろうに!

フィオリナ!きみもだ!”


「クローディア大公への謝意を示す格好の形となります。加えてエステル伯爵として、形だけは従属化におくことができる。

もともと、クローディア大公への懐柔のために、結婚祝いの名目で領地と爵位を与える気はあったと思いますよ。

ただ、領地はもっと辺鄙なもっと低い爵位を。」

少年の弁は澱みない。

「ただ、ここに来てこともあろうに、ギヴリークが直接でないにしろその支配下にある有力貴族が大公を亡き者にしようと、謀略を巡らした。

このことへの謝意を伝えるには、さらなる厚遇が、必要となる。」


「そこで、エステル伯爵か。」

と、ご老公はいった。

「あそこは、そういった目的に使うにはあまりにも広大だ。要衝の地でもある。」

「普通なら!

ですがいまは、鉄道公社がちょっかいを出してきている微妙な土地です。誰かが管理せねばならんのでしょうけど、だれも火中の栗は拾いたがらない。」


「それで、外様のクローディア大公か。ありえない話ではないな。」

ご老公は不承不承認めた。

「だが、今度はそこまで頭の回るものが、いまのギウリーク上層部にいるか、という点が気になるのお。」


「そこは、ご老公とアライアス閣下のお力を借りれば」


「こちらから、その案を上層部に吹き込め!と?」

ご老公は、天井を見上げた。

「・・・いやはや」

クローディア大公に浮かべた笑いは苦笑いだった。

「北の地は名馬の産地とばかりに思っておりましたが、人もまたおるのですな。」



しばらく待つうちに、各自の部屋が用意された。

いずれも寝室に次の間付きの立派なものだった。

ただし、他国の元首を泊めるには充分ということはなく。アライアスは困りはててはいたのだが。


そうこうするうちに、ラウレスがそわそわしだした。

ウォルトがどうしたのか、聞くと今日は教皇庁での晩餐の予定があるのだという。


「今日の参加メンバーは誰だっけ?」

ラウレスは自身の「収納」から手紙を取り出した。

「枢機卿が4名、うち1人がここの縁続きで、わたしをここに招いた張本人だよ。

それと勇者クロノと剣聖カテリア、今回はその父上の伯爵も来るな。

あとは」


いいんじゃないかな。

と、ウォルトは言った。

「アライアス侯爵や親父殿も一緒にお連れしよう。」

「親父殿?」

「いや、まあ、冒険者ギルドだと、みんなそう呼ぶんだよ。」


話をするとアウデリアも行きたいと言い出した。行きたいもなにもあなたはクローディア大公国正妃なんだから行かなくちゃダメなんだと、ウォルトが言うと、だから、妻なんて座はいやなんだと、ひとしきりぶうたれたあとに、目をひん剥いて

「おまえ、ルトか?」

と尋ねた。

そういえばこの女傑には、認識阻害のことを話してなかったなあ、と思い返しながら、ウォルトは頷いたのだった。


ラウレスは、アライアス侯爵に、晩餐会のことを告げ、それからクローディア大公夫妻の同席を願い出た。アライアスの一存で決定できることではなかったが、それを通せるほどの権力もコネも持っている彼女は、早速にその旨を教皇庁へ、あるいは枢機卿を務める彼女の兄の元に走らせた。


馬車の手配などの些事は、アライアスが手を下すまでもない。全ては粛々と準備が進められた。


フィオリナ、エミリア、ギムリウスはいったんホテルに帰ると言い出した。

ミイシア=フィオリナに、両親は、気がついたのか。


二人が、アライアス侯爵に挨拶した時も鉄面皮でパスしてのけた。

ウォルトことルトと一緒にいる類い稀なる美少女が、自分の娘以外であるわけがないと思い、わざわざ確認もしなかったのだろうか。


フィオリナが、晩餐会に来たがらないのをルトは意外に思ったが、

「どうせ、今晩は顔合わせと交渉ごとでしょ。わたしがいない方が不慮の戦闘開始は避けやすいでしょ?」

「それはどうだろう?

アウデリアさんがいるし。」


こういうところは似たもの母娘なのである。


ギムリウスはミレスも誘ったが、このワガママなヴァルゴールの使徒は、ためらった。

ギムリウスの非人間さは、人間嫌いのミレスには好ましいものであったが、何しろ、アキルのそばにいないわけにはいかない、と彼女なりに判断したのだろう。

神様が手を伸ばせば触れる距離にいるという機会は、信仰を持つものにとって晩ご飯の誘いを断る程度の価値は充分あったのだ。


結局、同じホテルに部屋が取れ次第、アキル、オルガ、共々部屋を移る、とのことで今宵は、彼女たちは、アライアスの屋敷にお世話になることになった。

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