第324話 誰が味方か悩む前に誰を味方にするのか考えろ

「亜人めが戻りました。」


当代アライアス侯爵ドリミアの護衛官兼メイド長は、ミトラの人間には珍しくない亜人への差別意識の塊のような人物だったが、彼女がただ「亜人」という場合にはそれはひとりしかいない。

侯爵家の嫡男を、ヴァルゴールの12使徒の魔の手から救い出し、その後なんだか、よくわからないままに犯人の12使徒を自分の部下にしてしまったギムリウスという亜人だ。


「仲間を連れております。」

「仲間? いっしょに連れて行った留学生の少年たちと使徒か?」

「それもおりますが、あとは冒険者と思われます。男女合わせて8名ほど。それとは別に商家の隠居と名乗る老人とその供回りがいます。」

「なんで、そのわけのわからない一行を連れてきたのだ。」

「閣下に直接紹介するので、会ってくれ、と。」


本当は、隠居の老人から「会わないと後悔するぞい」と言われて、むっとしたのだが、そこまで話してもと思い、メイド長は言葉を切った。


「・・・まあ、会ってみよう。ギムリウスのやることは奇想天外ではあるが、いまのところ、当家のためにならなかったことは一度もない。」


メイド長は、一行を連れてくるように指示した。ぞろぞろと。

わけのわからない集団である。ベテラン冒険者と思われるやや年嵩の男女は、どちらもかなりの体格をしており、それだけで部屋が狭く感じられた。

それよりは細身ではあるが、拳法着に身をつつんだ男女は、師弟なのか。

西域では珍しい、黒い瞳と髪の女と少女は姉妹に見えた。どことなく面差しが似ている。

以前に紹介はされた留学生の少年少女と、ヴァルゴールの使徒も一緒だ。


ギムリウスは相変わらず、華奢でかわいらしく、どういうものか、病院でよく着せられるような前と後ろが簡単に割れるように作られた貫頭衣を着ていた。

さらに。


「ラウレス閣下・・・」

「閣下はよしてください。アライアス閣下。」

黒竜は、アライアス侯爵の記憶にあるよりは随分と若い姿で、悠然と微笑んでみせた。


そして、メイド長が商家の隠居と表現した老人は・・・・。


「ろ、ロデニウム公・・・」

「ドリミアか。久しいな。」


ご老公はにっこりと笑って、立ち上がったアライアス侯爵に座るよう促した。


自分もむかいの席にどっかりと腰をおろして、メイド長に飲み物を頼んだ。


「閣下・・・このお方は・・・」

「先のロデニウム公爵閣下だ!」


メイド長は飲み物を用意するために転げるように退出した。


「いったいこれは・・・」


「おっつけ、報告があると思うが、オールべで一騒動あってな。」


「そのこと!」

アライアス侯爵はひざをうった。

「伯爵が亡くなられ、暫定であとをついだ長女も変死。いまオールべは鉄道公社が実質的に動かしているとか。」


「実際にはオーベルの治安長官だったカッスベルという男がなかなか出来る人物だったので」

強い顎髭を蓄えた大男の冒険者が口をはさんだ。

「とりあえずの街の管理は、そのものに任せてある。鉄道公社の送り込んだ人員もあるので当面はそれでまわるだろう。」


「お・・・お主は」

「おお、なにはともあれ、陛下を紹介するのが先決でしたわい。」

ご老公は剽げたしぐさで、額をポンと叩いた。

「オールべで足止めを食っていたクローディア大公ご夫妻を紹介しよう。

オールべの騒動の解決には一方ならぬご尽力をいただいたのだ。」


いったん腰かけた椅子から再び跳ね上がって、アライアス侯爵は狼狽した。ただただ狼狽した。

「いや、ここでカーテシーなど、披露しなくてもよいぞ、アライアス侯爵ドリミア。」

ご老公は真面目くさって言った。

「その他のものたちも順次紹介はするので、とりあえずは人数分の椅子と飲み物の用意を頼む。」


場所を応接用の部屋に移し、人数分の椅子や飲み物、軽食がそろうまでは30分ほどはかかった。アライアス侯爵にしてみれば、教会から目をつけられて引退においこまれた前ロデニウム公を歓待していいものかは微妙なものがあったが、知らぬ知らぬのうちにそう、させられていた。


ここに来てご老公の来訪を隠そうにも、人数分のお茶をいれて、食べ物も用意させてしまった。いくら内密にしても使用人から話は漏れるだろう。


それに、彼女はオールべであったことについての情報を心から欲していた。

彼女の領地にも魔道列車の駅はある。鉄道公社が駅のある街を掌握したがっているのなら。

そしてその方法が領主の「暗殺」というやり口ならばいち早く対処する必要があった。


同様な懸念は広大な領地を所有する高位貴族ならば、誰もが抱くだろう。

そこに至る情報を、現場にいたものの立場から入手できるのはこの上ない。


だが、話を聞き進めるにつれて、アライアス侯爵の顔色はどんどん悪くなっていった。


主に喋ったのは、ご老公であった。彼は、政治的な配慮はできたが、自分が一緒に旅をしていたジウル・ボルテックやアキル、オルガについての正体をほとんど明かされていなかった。

突如、黒竜が現れた経緯などはわかっていないし、何より、ラウレスをこの事件を収束に導いた立役者であると誤解していた。


(まあ、役者は言われた通りに演じるもので、脚本をかいたものが別にいるのだと解釈すればそれはその通りであるのだが)


クローディア大公は所々で、口を挟むのにとどめた。


それでも。

アライアス侯爵に取っては辛い話である。

伯爵の暗殺の濡れ衣を、クローディア対抗に着せて、殺害しようとした件などは、聞かなきゃよかったと後悔した。


「事情は理解いたしました。」


アライアスはよろよろと立ち上がった。


「ギムリウスとその仲間・・・」

「『踊る道化師』と言います。」

ウォルト少年が口を挟んだ。

「ぼくとミイシアもその一員に加えてもらいました。以後、お見知りおきを。」


「うむ。心から感謝する。

ご老公、並びにクローディア陛下、長旅はたいへんお疲れになったと存じます。

しばし、我が屋敷にて休息ください。わたしはこのことを報告せればなりません・・・」


「その時にはわたしも同行いたしましょう、アライアス侯爵。」


クローディアは親切そうに言った。


「にわかには信じがたいお話ですし、わたしの口から一連の事件は、エステル伯爵の失政及びその娘キッガと、鉄道公社の一部幹部による謀略であって、ギウリークにはなんら含むことろはないことを明言しておきたい。」


感謝の意を述べて、よろよろとアライアス侯爵は退出したが。


「外交上はこれでまた、クローディア大公国に借りを作ってしまった。」

ご老公は苦虫を噛み潰したような、渋い顔で茶を啜った。

「果たして、陛下を歓待するのにどんな条件を出してくることやら。」


「いちばんありそうなのが、亡きエステル伯爵にすべての責任を押しつけて、断罪することでしょう。

生きていれば申し開きも出来たでしょうが、死人に口なしですから。」

流暢に言葉をしゃべるウォルト少年を、まるで言葉を話す珍獣であるかのように、ご老公は見つめた。


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