第322話 悪夢たちの旅立ち

護衛官イザークは、出立の準備をするよう指示されて、御前をさがった。

準備といっても元が、冒険者である。

ここで暮らすための雑貨はそのままに、銀灰皇国でしかつかえない硬貨は、西域共通貨幣の「ダル」に換えた。

ミトラへは、いくつか山を超えてオールべに出て、そこから魔道列車を使うのが早い。

山越えの険しい道ではあったが、途中に宿場街もある街道が通っている。


両替した残りの金で携行食料を買い込んでいると、うしろから声をかけられた。

振り返ってみるとまだ、十歳にも満たない子供だった。


「竜の手配は済んでるぞ。」


「あ、悪夢・・・か。」

イザークは、仰け反るようにして距離をとった。この国はいろいろとやっかいだ。


彼女の故郷、ランゴバルトが他国からは「冒険者の国」と呼ばれていても、そこに住むものすべてが冒険者ではない。

同じように「魔道の国」銀灰皇国に、おいても全員が全員、魔法使い、なわけはなかった。

ただ、体内の魔力過多による発育時の問題がかなり多いのだ。いや、あまりにも多すぎて、銀灰皇国ではそれをすでにまったく問題と見なしていない。


つまり、見かけ上の年齢など最初から無視してかかる。

目の前のこどもの声に、イザークは聞き覚えがあった。

さきに皇帝に「ミルトエッジ」と名乗った「悪夢」だ。

「悪夢」が銀灰皇国の精鋭戦力、ランゴバルトの「聖櫃」やギヴリークの「竜人」、鉄道公社の「絶士」に相当するもの達の総称であることは、イザークも知っていた。


その悪夢たちの育成機関のひとつ、ミルトエッジ塾。

その長が。


「ミルドエッジだ。」

お子さまはかわいい手を差し出した。

「言っておくが、弟子でもないお主に師匠とか老師とか呼ばれたくはない。敬語などもっての他だ。特に他国では目立ってしょうがない。

ぼくのことは気軽にエッちゃんと呼ぶように。」


銀灰皇国には、基本、やっかいな奴しかいないのか!

悪名たかき銀級パーティー「燭乱天使」の一員でありながら、イザークは心の中で悲鳴をあげた。

握り返した手のひらは、小さく柔らかく。


「ところで、おまえは潰乱皇の命を正しく理解しておるかの?」


話し方はどこか老人くさい。


「刺客どもを、排除して、姫君を当国に連れ帰れ、でしょうか?」

「姫の心臓を祭壇に捧げよ、の意味は?」

「別段、“心臓だけ”を持ち帰れとは言われていないわけで」


「心臓こみ」の五体満足のオルガ姫をつれ帰っても文句は出ないだろう。


「いや文句は出るのじゃ。」

少年はケラケラと笑った。


どこから?と、イザークが尋ねると、真面目な面持ちに戻って、

潰乱皇以外の全部から。

と答えた。


「なので、我らがオルガを追跡するのは、公的にはあくまで、闇姫討伐のため、ということにしておかねばならんのじゃ。そうしないと」

「こちらが、銀灰皇国の人類全てから狙われることになると?」

「ものわかりが良いのぉ。

それこそ、皇太子派、公爵派、第一皇女派、中央軍団派、改革派、保守派、そば派、うどん派まで満遍なく、な。」

「最後の二つは人類じゃなくて、麺類の話だろう?」


エッちゃん、と後ろから呼ばれて、ミルドエッジ老師は「はあい」と答えて、振り返った。

美少女だ。とんでもない美女二人が、結構に扇情的な格好で手を振っている。


「お話が済んだら出発しましょうよ。『暴走竜』バクオンが北の丘陵で待ってるわ。」

「そいつが、陛下の直属護衛官のイザークちゃんね。わたしはアモウ。」

「わたしはクルス。エッちゃんの弟子なの。よろしくね。」


そいつはどうも。

と、イザークは口の中で応えて、軽く頭を下げた。

「楽しみよね! オルガとやりあえるなんて! もう十年ぶりくらいかしら。」

「あいつが、グランダの留学から帰ってすぐくらいよ。思い出しても腹が立つ!」


二人はミルドエッジ老師の両手を取って、仲良く歩き始める。

イザークも慌ててそれを追いかけた。


どうせ、三人が三人とも見かけ通りの年齢ではないのだろうが。


おまけに「暴走竜」か。


古竜に運んでもらった経験のあるイザークも、「暴走」の二つなのある竜には乗せてもらいたくはなかった。

しかし、イザーク自身も闇姫には用があるのだ。

そのために、銀灰皇国にやってきたと言っても過言ではない。


彼女の目的。

それは、闇姫オルガをクリュークにかわる「蝕乱天使」のトップになってもらうようオルガを説得すること。

それが、臨時のリーダーである「聖者」マヌカからの指示だった。



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