第321話 銀灰の夢

人類文明の中心地『西域』。

群雄割拠のなかで、飛び抜けた力をもつ国は八つ、ある。いわゆる「八強国」だった。


それぞれに特色がある。

たとえば、ランゴバルドならば冒険者たちの元締めとしての影響力や、新鋭の技術をいち早く取り入れる先駆性。

ギウリークならば、聖光教会を通じての各国への影響力や、初代の「勇者」を生んだという権威。

そして、ここ銀灰皇国ならば。


魔道。


その力の応用という点では、「九番目の強国」と言われる鉄道公社をはじめ、さらに先をいく国もあったかもしれない。

だが、その先鋭的な研究や、魔道向きの人材を作り出す技術においては、銀灰皇国に勝る国はない。


所在は、西域でもはずれ。やや辺鄙なところに位置する。

西域中心部。ギウリークやランゴバルドへは、開国以来犬猿の中である「バルフェルト諸侯連合」が平野部をふさいでいるため、険しい山脈を抜ける必要がある。

そしてまた「魔道列車」も通っていない。


ある種、神秘的なあこがれをもって語られる辺境。それが銀灰皇国であった。



銀灰皇国のあるじ、ヘルムド=ラセル三世は、薄暗がりの中、目をあけた。

部屋の魔道灯に灯りを灯す。

部屋に窓はあるものの、夜明けにはまだ少し間があるようだった。


「壊乱皇のお目覚め。」


部屋付きの護衛官はささやくような声で言った。


「さて、本日の日和はいかがでしょうか。」


「ことさらの悪夢に起こされた。」

ヘルムド=ラセル三世は答えた。

「今日こそは、間違いなく三千の星のかけらが国を滅ぼす予感に満ちておる。」


「ありがたきお言葉。」

護衛官は頭を下げた。


身の回りの世話のあれこれまで、周りのものにやらせる習慣は、銀灰皇国にはない。

ヘルムド=ラセル三世は、自分で着替え、顔を洗い、口をすすいだ。もちろん必要な水は自分で作り出している。


黒黒とした髪に、白いメッシュを入れ、目の下にクマのように影をいれる。少しでも年を経たように見せるためのメイクだった。


「お主はランゴバルドの出身だったな?」


元冒険者だったという護衛官に、三世は笑いかけた。


「この国の独特な物言い、には少しはなれたか?」


「・・・いえ・・・その・・・」若い護衛官は口ごもった。「朝の挨拶がわりに不吉なことをささやくというのは未だになれません。」


「それはそうだろうさ。」

皇帝は、気さくに言った。

「古い伝承で、我が国の祖は、信じた全てに裏切られ、期待したすべてがかなわず、この地に流れて銀灰国をたてた。

願えば、裏切られる。ならばなにも願わないか、いっそ逆を願えばよい。我が国の建国を司った逆神ナナールはそんな神だったそうだぞ?」


「ま、真ですか?」

「ただの伝承だ。いまでは宮中以外は、ふつうに『おはよう』で終わりだ。だが、わしはこの国の皇帝でな。」


「生前から諡で、陛下をお呼びするのも・・・おまけに。」

「わしの先代が、残虐皇、曾祖父さんは全滅皇だったなあ。」

楽しげに三世は笑った。

「死んでから、あれこれいじられるよりも目一杯悪いあだ名をつけてもらって、そうならぬように治世を行う、という方が理にかなっていると思うのだが。」

「し、しかし、潰乱皇とはいくらなんでも・・・」


足にサンダルをつっかけて、三世はあるき出した。寝室から直接に庭につながるドアを開けて、外に出る。護衛官はあわてて跡を追った。


「我が姪、オルガの消息はどうなっている?」

特に目的はない。これはただの散歩である。

朝食の前に、少し体をほぐすための散歩だった。


「新しい情報はありません。」

「ランゴバルドの山中で、発見されたガルード皇太子の刺客の遺体の解析はどうなっている?」

「きれいに焼かれていましたので。

ですが複数の相手と戦ったのは確認できました。止めはすべて姫さまの鎌のようですが。」

「あれに味方するものがいるということか・・・」


朝もやがゆっくりと流れている。

宮殿の中には、とりわけ贅沢でも広大でもない。噴水がしつらえられていたが、水を出したければ自分の魔法で行うしかない。


人口は、八強国の中では、群を抜いて少ない。だが、国民全てが魔導師だとも揶揄される魔道に偏重した国づくりをおこなっている、

日課で体を屈伸させながら、なおも三世は、気軽に護衛官に話しかける。


「推測で構わん。あれは、どこに向かったと思う?」


「・・・は・・・」

軽々しく応えて良い、質問なのか護衛官はしばし迷った。

オルガは、銀灰皇国の魔道に向いた血筋の改良、その頂点に立つ。

そして、人の命の軽い銀灰の中でもひときわ目立った、その残虐性。


「ギウリーク・・・・かと考えます。」

「ほう」

面白そうに三世は、元冒険者の護衛官を眺めた。

「確かにランゴバルドからギウリークに抜ける山中で、刺客の遺体が発見されている。

移動の方向としてはそうだろうさ。

だが、なぜギウリークだ?

例えばだが、北のグランダには、あれはしばらくの間、留学していた。あそこの魔道院にでも駆け込まれたら、容易に手出しはできなくなる。」


「それは・・・しかし、姫が旧知の仲であるグランダ魔道院のボルテック老師は、近頃引退したと聞きます。

後ろ盾がなければグランダも姫を容易に受け入れはしないでしょう。

ギウリークは・・・特にミトラは・・・」


護衛官は、口篭った。


「治安と行政という面では、ほぼ崩壊しつつあります。群衆に紛れてしまえば、見つけるのは容易ではありません。また、魔道列車の路線網からすれば、その中心はミトラか、オールべ、ということになります。

どこへ逃げ出すにしても移動は極めてしやすい、のです。」


自分の声が妙に「響く」のに気がついて、護衛官は顔を上げた。


そこは。

皇帝の寝室に隣接した中庭ではなく。


ステンドグラスをはめた円形の天井を持つ礼拝堂の中であった。


転移!

しかし、 いつの間に!


門もつくらず、扉も開かず、どうやって「世界」をだましたのか。

あの「霧」か。

現代の冒険者にはよくあるように、彼女もまた魔術、剣術に双方に研鑽を積んでいる。


それにしても。


2階部分に巡らされたバルコニーから、皇帝を見下ろす目の恐ろしさ。

フードにかくれて表情までは定かでは無い。

だが、その視線には、自らの主への敬意どころか、冷たい殺意までも感じられた。


「銀灰の悪夢どもが、そろい踏みか。」


殺気をこめた視線を、そよ風のごとくに流した三世は、ぐるりとバルコニーの人影を見回した。


「誰が行く?

我が愛するオルガの心臓を祭壇に捧げてくれるのは、誰が?」


「ミルドエッジの悪夢が三つ。」

答えたのは、やや小柄な影だった。女性か、あるいはまだ子供かもしれない。


「ほうほう。ならば任せよう。必ずオルガの心臓を持ち帰るのだ。

間違っても、オルガに組みして皇国に弓を引くことなかれ。」


は?

護衛官は、その物言いにひっかかるものを感じた。

幸せを願って不吉なことを予言する。

皇帝の呼び名に目いっぱい演技のわる名前をつける。


その発想ならば。

いま、壊乱皇の下した命令の意味は。


「護衛官イザーク。お主は悪夢どもに付き添い、ミトラへ向かうのだ。」


この命令は明瞭で間違えようがなかった。

平伏して、イザークは命をうけた。


“ 知っているのか?”

心の奥の奥。そこまでは壊乱皇の魔法も読めないであろう。

“ わたしが、燭乱天使の間諜であることを!”


いずれにしても、ミトラへ向かうしかない。

「燭乱天使」としては、別な用件で闇姫に会わねばならないのだ。

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