第8部 聖帝国ギウリーク 終わりの始まり「
第320話 居残り組とルールス分校長の悲劇
霧になって移動したり、相手の攻撃をかわしたり、といった術を使うのは、吸血鬼には珍しくない。
例えば、彼らの仲間であるロウ=リンドも得意とする技ではある。
だが、両手を料理を大盛りにした皿を何枚も抱え、酒瓶やグラスの入った巨大なバスケットを口に咥えたまま、霧から実体に変化したところは、かつて魔王と呼ばれたリウも、はるかな歳月を生きる「神竜姫」アモンも見たことがなかった。
普通は、得意不得意はあれ、「収納」という魔法がある。
一回分の食料くらい「収納」してから、霧化して移動すればいいのであって、それ以外の選択肢などありようがない。
「それはなんだ? 曲芸か。」
と、リウが無遠慮にネイアに聞いたのは、その行為があまりにも常軌を脱していたからだ。
「サパランド銘酒とピーピック鳥の照り焼きは、収納すると味が落ちる、と言われてる。」
「迷信だぞ、それ。」
リウは容赦ない。
「いくら部下の吸血鬼だからと言って、妙なことに人をこき使うな。」
「別にわたしが指示したわけじゃないのだ。」
ルールス分校長は、慌てたように言った。
吸血鬼を初めてとする亜人でも、平気で雇うランゴバルドではあるが、それでも亜人に対する差別は結構あって、特に吸血鬼は、睡眠や食事などの必要がないため、とんでもないワンオペをやらされてるケースも多い。
「わひぇへはふきでやってるんでいいのフェ。」
「口に咥えたバスケットを下ろしてからしゃべれ。」
料理は、校内の食堂で作られたものだ。
持ち帰りは、推奨はされていないものの、容器さえ準備すればうるさいことは言わない。
というか、管理が面倒なのだ。生徒数は、数千であり、その面子は絶えず入れ替わっている。
「ギムリウスはどうなりました?」
ネイアが最初に聞いたのはそのことだった。
一応、目的を告げて外出したルトとフィオリナとは違って、ギムリウスの外出許可は事後承諾だ。
文句を言おうにも許可を出した講師のヤホウは、ギムリウスの創造物ときている。
止めることも咎めることもできないに決まっていた。
「さっき、連絡がきた。」
グラスを回して、酒を注いでやりながら、リウが言った。
「無事にルトたちと巡り会えたそうだ。ついでに、命を狙われたクローディア大公陛下夫妻を救出し、オールべを狙った陰謀を阻止し、ミトラへ帰還の途中らしい。」
「か、壊滅した街は・・・・」
「ギムリウスの本体が動いた様子はない。」
アモンが、言った。白い歯が、ピーピック鳥のもも肉を齧りとった。唇から肉汁がこぼれるのを、手で拭いながら酒を流し込む。
「・・・いやあ、美味いな。気のおけない仲間と飲む酒は!」
「伝説の竜の気のおけない仲間になった覚えはないのだが。」
ルールスはかわいらしく抗議したが、全く相手にされなかった。
彼女自身もネイアも見かけ通りの年齢ではない。
だが、目の前の二人の存在は常軌を逸していた。
水着にしか見えない肌にぴったりした露出の多い服とも下着ともつかぬ布切れのうえから、『神竜騎士団』のジャケットを羽織った美女。
もともとランゴバルド冒険者学校の自警団であった『神竜騎士団』の初代団長が、神竜后妃リアモンドの信仰が厚い地方の出身だったので、そのようにつけられた団体であったが、ときを経て、その名前は別の意味をもってしまった。
すなわち。
『神竜騎士団』の団長こそが、リアモンド自身。どこからも文句のでない完璧な布陣である。
もうひとり。十代半ばながら野性味のある美貌の少年は、バズス=リウ。
千年前、魔族をひきいて、世界を滅ぼしかけた当の本人だった。賢者ウィルニアと勇者によって、『魔王宮』に封印されていたはずが。
リウは、空中から氷を取り出して、グラスに放り込んだ。
「ルトがいたにしては、珍しく死者が出た。
鉄道公社局長のゼナス・ブォレスト。エステル伯爵とその娘。いずれも殺し屋の仕業らしい。
一連の事件と関連があったのかどうかはわからない。」
「エステル伯爵は、オールべの街を領地にもつ大貴族だぞ!」
ルールスは、ランゴバルドの王族として、各国の動静にもかなり通じている。エステル伯の支配地は要衝であった。さらにオールべの街は、いくつもの魔道列車の路線が交錯する一大中継地点だった。
「ギムリウスの報告によれば、魔道列車の運行を妨害しては、運上金をせしめるという悪事を繰り返していたらしい。
我慢しきれなくなった鉄道公社が、ギウリークに働きかけてオールべの直接管理を画策した矢先の出来事だそうだ。」
とんでもないことをさらり、とリウは言った。
「それとクローディア陛下たちが殺されそうになったことと、どう関係が・・・」
「たまたま、伯爵が遅延させた列車に大公夫妻が乗っていたそうだ。」
「さ、さっぱりわからない。」
ルールスは、こくこくと喉を鳴らして、お酒を飲み込んだ。
そんな飲み方をしていい酒ではないので、ネイアは慌てて、ルールスの手からグラスを取り上げた。
「ギムリウスからの圧縮通信だ。そこまで分かりやすくはない。
まあ、とにかくオールべの街は無事に存続され、我らのリーダーたちの無事も確認できた。」
リウがそう言って、グラスを掲げた。
「乾杯。」
「か、乾杯。」
また、こくこくとルールスはお酒を流し込み始めたので、ネイアが止める。
「体に悪いです。サバランドの酒です。本来、果汁で割って飲むものです。」
「ギムリウスはなぜ、オールべにいたのでしょうか。」
なにやら、呂律の怪しい言葉で抗議するルールスをアヤシながらネイアは言った。
「そこいらの事情も連絡がきている。ミトラでアライアス侯爵に雇われたそうだ。
その侯爵閣下から到着の遅いクローディア陛下の様子を安全にミトラに連れてくるように、『依頼』を受けたらしい。」
うむうむ。
と、アモンは満足げに頷いた。
「いいじゃないか。冒険者学校案件以外での『踊る道化師』の初仕事だ。無事に成功、ということだな。」
「そうだな・・・そうだ。アキルたちともオールべで合流できたらしい。一緒にミトラに向かっているそうだ。」
もう、なにがあっても驚かない。
ルールスはココロに誓った。
・・・たとえば、こいつらのメンバーが倒されて入院したでもない限り
「ギムリウスは、負けたらしい。」
さ、さけ、さけ、さけがほしい。もっと酔わないと正気がたもてない。
ネイアは優しく、ルールスの手から酒瓶を取り上げた。
「入院した、という経験が興味深かったのか、病室の壁、床、天井の素材、ベッドの材質、病院食のあれこれまでくわしくレポートされている。ここは読み飛ばしてもかまわないだろう。」
「だ、だれがギムリウスを倒したと。」
「ああ、正確には相手にも手傷を負わせて後退させているから、痛み分けだな。
相手は『絶士』と名乗っていたそうだ。聞いたことはあるか?」
「鉄道・・・公社。」
「さすがは我らが分校長。物知りだな。」
リウが笑顔も見せずにほめてくれた。
「鉄道公社に保安部・・・というところが、ある。各路線の安全を守る保守点検のための部門だという話だが・・・かけている金が多すぎる。
おそらくは国家の軍事予算にも匹敵するだろう。
そこの最精鋭に与えられる称号が『絶士』。」
「なるほど。」
今度は、リウは笑った。肉食獣が笑ったらこんな笑みになるだろう。獰猛で、潔い。ほれぼれするような笑顔だった。
「この時代にも楽しいやつらは、まだまだいそうだぞ、アモン。」
「まったく、この戦闘狂が。」
呵呵とアモンもまた笑う。
その笑みが竜のアギトに見える。
「もっとその『絶士』とやらの情報がほしいな。」
「うむ・・・それについてはなんとかなりそうだ。ひとり、『踊る道化師』に興味を示した『絶士』がいるそうだ。
フィオリナが彼女を雇いいれることにしたそうだ。」
「ふむ? 護衛にでもするのか?」
・・・驚かない。なにがあっても驚かない。ぜったいに、ぜったいに驚かない。
「メイドとして雇ったそうだぞ。」
なんでじゃああああああっ!!!
ルールスは酒瓶に手をのばした。こんどはネイアも一瞬とめるのがおくれた。彼女自身も呆然としていたからである。
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