第296話 オールべの街角奇譚

「まずは陛下の手当を」

と、少年は言った。

なんとなく、ルトに似た顔立ちで、ロウは一目で気に入った。吸血鬼に気に入られることが、いろいろ危ないのは言うまでもない。例外はいまのところ、ルトとフィオリナだけだ。


「ウィルニアの魔法封じがかかっている。」

アウデリアは、突然あらわれたこの少年を何となくではあるが、まだ胡散臭く思っていた。

とは言え、言ってることはまともだ。


わたしが

と、手を挙げたのは、ウィルニアど一緒に人質役を買ってでた聖女だ。

たとえ、どんなに扇情的な格好をしていても、聖女だもひとめでわかるかと思われる品のよい顔立ちの女性だった。

「わたしの体に傷を移しましょう。

これは魔法ではなくわたしという個性がそなえたスキルですから、ウィルの魔法でも阻害はできません。」


それではなんの解決にもならない


そう、抗議しようとして見た彼女の顔は真っ黒に見えた。

目はぽっかり空いた空洞となり、腐り落ちた鼻の部分は鼻腔だけが見えた。

唇もなく、黒い歯がカタカタと鳴っていた。

それは。

ほんの一瞬の出来事で、アウデリアが改めて見返すとそこには、穏やかな笑みを浮かべる尊い聖女の姿があった。

「こういう事にはなれてます。」

聖女は、可愛らしいエクボを見せて笑った。

「それにね、わたしにとってこの程度の傷は苦痛のうちにも入らないのですよ。」


諾も待たずに、聖女はそのようにした。次の瞬間には、その体が折れ曲が地に倒れ伏した。

「これはこれは」

顔を地に伏せたまま、聖女は笑う。

顔は見えぬが、口元からカチカチと歯の触れ合う音がするのはたぶん聞き違いだろう。

「あとは、わたしが預かろう。」

ことがここに及んでも、魔法封じを解除する気は無いのか、ウィルニアがそのそばにしゃがみ込んだ。



「これからどうする?」

黒の傭兵ガルレア、いやオルガがそう言った。

「ラウレスが」

と、言いかけて空を見上げたその目の前で黒い巨竜の姿が掻き消えた。

「駄竜」

と、ウォルト少年はぼそりとつぶやいたが、一堂の視線を浴びて気を取り直したように

「クローディア陛下ご夫妻とともに、お連れのかたもこのまま、ミトラにご案内するつもりでしたが、どうもアクシデントがあったようです。

ここは、あれですね。問題となっている原因のほうを片付けて、列車でゆっくりとミトラに向かいましょう。」

「あなたはわたしの知ってるひとに似てる。」

アキルがぼそりといった。


「まあ、よくある顔なので。」

そう嘯いた表情も一堂がよく知る人物によく似ていた。


ギムリウスが、絶剣士との戦闘に入る前にミランを地上に転移させたのは、彼女の身の危険を察してのことであった。

空中戦になる可能性が高かったし、ギムリウスと違ってミランは、落下したら死んでしまうのだ。

ミランにしてみれば不満だった。

ギムリウスと一緒にいたかったのに。


ギムリウスは、すっかり忘れていたが、ミランは邪神ヴァルゴールの12使徒。ミラン自身が無茶苦茶に危ないやつであり、ギムリウスがベッタリくっついいたのはそもそもそのためだった。


ミランは辺りを見回した。

オーベルの街の一角らしい。

ギムリウスの姿はわからない。


建物がいくつか倒壊している。何人かの男女、年代もバラバラだが、おそらくは冒険者だろう。所謂一般市民ではない。

“殺そう”

とミランは思った。


なんでそういう思考になるのかと問われれば、元々がそういうやつだったのだ。

それこそ、生贄を捧げる儀式を行なっていたヴァルゴールの使徒仲間でお友達ができなかった程だった。


川のように血を流すのは趣味ではない。

捧げる心臓は、一個ずつと決めている。


ミランは影の中に潜る。


それぞれに腕の立ちそうな連中だった・・・だが、黒い髪の少女ならば。

彼女一人が、呆れるほどに無力だ。呆れるほどになんの力も持っていない。


“あれをコロソウ”


影を尖らせて狙いをつける。


“あれを殺す”

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