第295話 老人と竜

ロデリウム公爵の地位にあったこの老人は別だん、善人というわけではなかった。

もともと、彼の若い時分には素行が悪すぎて、母は隣国の第2王女、しかも長子でありながら家督相続を危ぶまれたとも噂される。

教皇庁への批判が激しく、ついにまだ赫灼としていながら、引退されられたのも本人の性格の苛烈さのため。

一方で多くのものから愛される徳も持ち合わせていたので、その引退は、憤慨とともに「ああ、やっぱり」という感想をもって終わったのだ。


「ラウレス殿」

そのご老公が深く静かに怒っている。いや、「ひかえいひかえい」の一幕をラウレスに取られたからでは無い。

「事情はよくわからない。わたしはクローディア大公ご夫妻がオーベルで列車トラブルに巻き込まれ、そのトラブルが」

エミリアはなんて言ってたかな、と思い出しながらラウレスは言った。

そうだ、たしか

「列車のトラブルは、ここらを根城にする盗賊団が行ったもので、その裏では伯爵家が糸を引いている、と。」

「ご理解の通りです、黒竜殿。」

「あまり、丁寧にしゃべらないでください、ご老公。」

ラウレスは慌てて言った。

「いまのわたしは、ギウリークの一切の公職から身を引いております。いまはランゴバルトのレストランでコックとして」


身を隠すためにあえて、そのような道を選んだのだろう、と老人は判断した。そもそも魔王宮の権利を「列強」に先んじるために、いきなりグランダに「聖竜師団」を送り込むのがどうかしているのだ。ろくな軍備もない。冒険者の質も悪い、田舎王国に軍威を見せつけて無理やりに優位な条約を結ばせようとしたが、失敗。それは当たり前のことで、外交交渉ならば外交団を送り込むべきだったのだ。

あげくに軍事による恐喝に失敗した責任をラウレスに押し付けて、彼を解任した。

当のラウレスは、もうギウリークなどこりごりと、ランゴバルトで身を隠して隠遁生活を送っている。

だか、見たところ、飄々とその生活を楽しんでいるようだった。

なんという器の大きな人物だろう!とご老公は感嘆するのであるが、それ違うから。


「なるほど。伯爵が小金ほしさに、娘に盗賊団をやらせて列車の運行を妨害しては上納金を収めさせていたと。

オーベルを直接支配したい鉄道公社は、それを一定のあいだ見逃してから、伯爵の変死をきっかけに、オーベルに軍を送り込んだ、と。」

「さようです、黒竜殿。

さらに、伯爵の死をこの街に足止めされたクローディア陛下に押し付け、これを捕縛しようとしております。」



ゼナス・ブォストルは、町外れの屋敷を根城にしているという。

次の指示があるまで散開、各自休憩後街の警備に当たれ、クローディア大公およびアウデリア妃の逮捕は中止。


てきぱきと命令を下し、保安隊がそれに、従うのを見届けてから、ラウレスとご老公は、その町外れの屋敷に向かった。


街は、空の黒竜の姿が消えたものの、まだ騒然としている。カッスペルを筆頭に、街の治安部隊は彼らの後をぞろぞろと着いてくる。

来るなと言っても、もはや治安組織としての解体を命じられた彼らには行く場所もないのである。

彼らにしてみれば、ご老公の威光を背景に不当解雇を訴えたいのだろうが、そもそも彼らの役所を半壊させて多数の怪我人を出したのも、前ロデリウム公の一行なのだ。

実働できるメンバーが、通常にいれば鉄道公社も彼らを自分たちの組織に組み込むことを考えたかもしれない。

そうすると、そもそもの解雇の遠因を作った相手にくっ付いていく彼らにはなにか矛盾を感じるところはないのだろうか。



どんっ。

という鈍い衝撃波は、大質量を急停止させたからだ。

門番にたっていた保安部の兵士がふっとび門扉が破損した。


「こ、これは絶拳士シホウさま。」

なんとか起き上がると、風となって市街地から駆け抜けた巨漢に礼をとった。


「竜とロデリウムのご老人がこちらに向かっている。」



シホウは、今回の任についた3人の「絶士」のなかでは、リーダであると自ら任じていた。

実際に、彼はラウレスとの戦いを回避したのは、その事による市街地、または味方への被害を考慮したからである。


「空に浮かんだ黒竜は見ただろう。対竜兵器はどうなっている?」

「今回の任務は市街地の制圧です。対竜に使えるのは弩弓くらいです。」


それではとても竜の鱗を貫くことは、出来なかった。

あまりの威力のなさにある古竜から「何だそれは、ドアノッカーか?」ときかれて、それが通称になったという、曰くまである兵器だった。


「絶魔法士はどうした?

あいつの切断技なら」


「行方不明です。」


「局長とキッガを」

「ただいま、その」

兵士は口ごもった。

「取り込み中で」


シホウは、3人のリーダーである。

今だって十分、がまんしたと思うのだか。

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