第294話 神獣倒れる
絶剣士アイクロフト。
神獣ギムリウス。
意外にも二人の戦いは、互いにろくなダメージを与えずに進行した。
ギムリウスの剣は、アイクロフトにかすりもせず、アイクロフトの斬撃は、地上を滑るように移動するギムリウスを捉え切ることができない。
彼らの移動につれて、壁は粉砕され、店の商品は散乱し、あちこちの路面に抉るような傷がついている。
異形の二人の戦いに、街の人々が悲鳴をあげて逃げ惑った。
実はこの時点では、オーベルおよびオールべ市民に与えた被害は、ギムリウスとアイクロフトのものが最大である。
「ギムリウスは山のごときの神獣だときいている。」
アイクロフトは、ギムリウスの突きをさばきながら言った。
返す一撃は、ギムリウスの頬を掠めたがった、もとよりこの程度は傷のうちにもはいらない。
「これは、人間に嫌がられないために作ヒトガタだ。」
「戦いがいがない。」
アイクロフトは、踏み込んで、ギムリウスの胴を払った。その勢いのままギムリウスがくるくると回る。
「逃げる技は見事だとみとめてやるが。」
回りながらギムリウスは糸を繰り出した。
ドロシーのアンダーウェア用に開発した、極めて細いしなやかな糸。
風にゆられて大気と一体化して、アイクロフトに絡みつく。
アイクロフトの動きがわずかに鈍くなった。
糸に気が付き体を翻そうとしたところに、呪剣グリムの切っ先がかすめた。
飛び下がったが、その端正な顔は苦痛に歪んでいる。
「これが、呪剣グリムか。」
ギムリウスが次に使った糸は、鋭利な切断力をそなえた糸。
ギムリウス自身ではないが、作製したユニークに実装して、かなりの戦果を上げている。
あの「不死鳥の冠」のヨウィスの鋼糸とも互角に渡り合った。そう、人間も同じような技を行使するものはあり、剣でも拳法でも達人クラスならば、見切って見きれないこともないのだが。
ふるったのは、「神獣」ギムリウス、であった。
耐え難い苦痛の中で、アイクロフトは糸を薙ぎ払い、躱した。
だが、すべてを躱しきれずに、頬に、肩に、血が吹き出た。
よろけアイクロフトをギムリウスは、呪剣グリムで追撃した。
傷は一箇所よりも二箇所。増えれば増えるほど苦痛は倍化する。
その痛みは、例えば、治癒や痛みを和らげるための魔法の構築すら阻害するものだ。
ギムリウスの攻撃に容赦は、ない。
首を狙った剣を、アイクロフトの左手が掴み止めた。
いや完全に止まってはいない。神獣ギムリウスが己のために作り上げたヒトガタの怪力で振るった一撃だ。
手のひらをえぐり、手首の半ばまで食い込んでいる。
そして。
ギムリウスは大きく目を見開いた。
グリムは、アイクロフトの骨に食い込んで動かせない。
グリムを離して回避に移るべきか。このまま、力をこめて、腕を縦に両断するべきか。
迷いが、ギムリウスの動きを止めた刹那。
アイクロフトの一撃は、ギムリウスの肩口から腰へ。
袈裟をかけるように、走り抜けた。
ギムリウスのヒトガタは人間のそれを模倣している。
流れるものは血に似た赤い液体だ。
それを天井にまでぶちまけて。
ギムリウスは倒れた。
これほど。
本体ではなく、ヒトガタだったといえども。
神獣を地に伏せる。
これほどのものなのか。「絶剣士」アイクロフト。
「これほどのものか。神獣ギムリウス。」
だが、アイクロフトもまた、うめいて腰を落とした。
追い詰められ。
一か八かの策で、自分の腕を犠牲に、ギムリウスの動きを止めた。
袈裟懸けの一撃は会心のもの。
ふつうの人間ならば、即死である。
だが・・・この生き物にはどうなのだ。
倒れたギムリウスの回りに、飛び散った血が集まり始めている。
これでも再生をするのか。
アイクロフトは腕から刺さったグリムを引き抜いた。
刺さった刃物はやたらに抜けばかえって出血によりダメージを大きくする。だが、痛みを倍化させる呪剣グリムが相手では、ささったままにはしておけない。
ほっておけば、出血死する前に痛みで、心までが壊される。
剣に炎を纏わせた。
得意の呪文も三度もしくじった。グリムの痛みのなせる技だった。
「止めを・・・」
振り下ろした剣を、棍が弾き返した。
「!!」
振るったのは十代の前半にしか見えない少女である。
だが、その捌き、振るう棒術の冴え、まるで何十年も修練をつんだ達人を思わせた。
「ギムリウス! 大丈夫なわけはないと思うけど、なんとか再生してっ!」
エミリアが必死に叫んだ。
「エミ・・・リア」
のろのろとギムリウスが顔をあげた。珍しくそのかわいらしい顔から表情が消えている。
「そうか・・・・この体を直したほうが・・・よいのだ・・・な。」
「当たり前でしょ!」
エミリアは、旋回した棒から、怪音を発生させる。
相手の剣士がうめいて、後退した。
片手は、半ばまで両断されている。もはや治癒ではおいつかない。再生が必要であろう。
その剣士に向けて火球を発射する。
凄まじい出血。ギムリウスの剣により激痛に耐えて、剣士は火球を両断。消滅させた。
そのまま、踵をかえして、部屋の外に逃げ出した。
エミリアはそれを追わない。
それよりもギムリウスが気がかりだった。
「・・・ギム・・・」
「わかった。」
ギムリウスの顔に表情が戻っている。なんとなく照れているように、エミリアには感じられた。
「この体を修復することにする。」
「・・・・ほかにどうするつもりだったの?」
「この体を廃棄して、本体を呼ぶつもりだった。」
エミリアは悲鳴をあげそうになった。ピンチだった。とほうもないピンチだった。
ギムリウスの「本体」は城郭ほどもある。よんだだけで、この街区は押しつぶされて廃墟となる。
今日がオールべ最後の日になりかねなかったのだ。
「ギムリウス!」
エミリアは、床に飛び散った血が、ずるずるとギムリウスの体にもどっていくのを、見守った。
やたらな治癒魔法などは邪魔になるだけだろう。
体を起こしたギムリウスの肩口から、腰にかけての刀傷はまだひらいたままだった。
鎖骨も肋骨も切断されていた。
中の骨や臓器は人間に近い。見慣れないものもいくつかあるが・・・あれは心臓? ふたつあるの?
「あんまり見られると恥ずかしい。
このヒトガタは見た目重視で作ってるので中身のほうはけっこう未整理だ。」
戦闘中に服を失ったギムリウスは、ほとんど裸に近い。とはいえ、ぱっくりと傷口があいた体に欲情するほどエミリアは変な趣味はもっていなかった。
自分のマントを脱いでかけてやると、うれしそうにギムリウスは笑った。
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