第291話 人の形をした魔物たち

グルジエンに殺人に対する禁忌はなかった。

ゆっくりと新品のエプロンフォレスに着替え終わると、フィオリナにとどめを刺すべく、包丁を振り上げた。


「独特な剣筋だ。」


フィオリナは立ちあがろうとはしない。

無理に動けば、太腿は断裂する。初戦で片足を失ってしまう訳にはいかない。


「見えるものを無限長で切断する技か。衝撃波とも違う。

斬撃そのものを転移させる・・・・」


グルジエンは、構わずに包丁を振り下ろした。


フィオリナが地面の岩肌に手を当てるのと同時だっだ。


「だが見えていなければどうかな?」


フィオリナの周りの岩が爆発した。

細かな礫石となって、フィオリナの姿を隠す。


グルジエンは、舌打ちした。

その通り。彼女の斬撃は対象を視覚の中に捉えていない限り発動できない。

後ろにいる相手を見ないで斬りかかることはできないし、物陰に隠れられてしまっては有効な手は打てない。

しかしこのお姫様は、この短時間でそれを察知してしまった。

そして、かなりの傷を受けながら一向に戦闘意欲は萎えていない。


瓦礫と土煙に中から、光の剣が飛んできた。

発射点が見えないため、かわしにくい。腹を一本が貫いた。

その程度、グルジエンには大したダメージにならない。

お返しに破邪光槍を、乱射する。


当たらないが、牽制にでもなれば十分だった。


そのまま、走り出そうとした彼女の周りを風が巻いた。

それは急速に、強まって彼女を宙に巻き上げた。

周りの瓦礫と共に。


「殺しても死なないようだけど」

フィオリナの哄笑が響いた。

「殺し続けても死なないかためしてあげるっ!」


うーん。

その悪役台詞はいいのだろうか。

グルジエンは、自分が「悪者」だとは全く考えていない。だが、鉄道公社が「改革」をする以上それに抵抗するものは必ずいるだろう。それを「悪」だとは思わない。


グルジエンを包む大気の流れは、巨大な竜巻を形成した。今のところは中心部分をキープできているので、振り回されはしない。だが、それにも最新の注意が必要だ。

高速の大気の流れは、一緒に巻き上げた瓦礫も含まれている。

そして。


グルジエンのドレスの胸元がスッパリと裂かれた。

大気の流れは、鋭い刃物のように形成された氷の剣が仕込まれている。


「避けようのない氷刃で、ずだずだの肉片になりなさいっ!」


大気の渦は、中心に向かって収束を始めた。髪が、脇腹が、肩が、腕が、足が。

次々と割れる。

皮膚の欠損や出血が見えないのは、グルジエンの馬鹿げた治癒力のためだ。


グルジエンの十着目のドレスもまた、ぼろ切れと化そうとしている。


グルジエンは、両手の包丁を頭上で合わせた。それは巨大な一本の包丁の形をした剣となり頭上に振りかぶられた。


「大・切・断」


竜巻が切り裂かれる。

自然現象と戦うかのような強さ、というのが災害級の魔物を指す言葉であるが、竜巻を作り出すフィオリナも、それを一刀のもとに両断するグルジエン共に災害級の魔物並みの強さを持っているということなのだろうか。


強烈な、しかし、それ自体は無害な風となった竜巻を脱出したグルジエンは、しかし、息を飲んた。


出現した竜巻はひとつでは無かった。ふたつでもみっつでもなかった。


都合ななつの大竜巻が、グルジエンの「異界」そのものを飲み込まんとするかのように蠢いている。


フィオリナは!?

あのどれかの中に姿を隠している。

と、グルジエンはふんだ。

自在にコントロールができるならば竜巻の中に隠れることは、視覚的にも、また強烈な大気の流れ、それ自体が防壁となることも含め、攻防一体の優れた戦法と言える。


魔力の消費?

大竜巻を同時に作り出すやつに、そんな質問をしたって始まらない。


高く吹き上げられたグルジエンの体はまだ空中にあった。

氷の刃でかなり、挑発的なスタイルに変えられたグルジエンは、着替えたくてしょうがなかったが、その時間はなさそうだ。

竜巻のひとつが、こちらに向かっている。ところどころに紫の電光が走る。

あれに巻き込まれたらどうなるのか。

さすがのグルジエンも、試したくはなかった。


「大、切断!」

竜巻は両断され、爆発するような衝撃を発して消滅した。

爆風がグルジエンを岩場に叩きつける。

「大切断!

大切断! 大切断!」

連続して、放つ技では無い。

都合4度目で、腕の筋肉は断裂した。

「大・切・断」

次の一撃で、またも筋肉が、いや腕そのものが、おかしな具合に曲がっていた。

折れたない方の手で折れた腕をつかみ、骨をただしい位置にもどす。

目が飛び出でるくらい痛いが、この方が治りが早い。


まだ竜巻はふたつ、ある。

あのうち、どちらにフィオリナがいるのか。

 


グルジエンの額に脂汗が浮いている。

足元の岩に干渉する。


足、胴体、両腕。

不格好なゴーレムを作り上げて突進させた。

竜巻はゴーレムを巻き込み、巻き上げて粉砕したがそのぶん威力を減衰させた。


ありったけの風魔法で、なんとかそいつただの風に、戻した。


最後のひとつに。


「大」

「切」

「だ」

両腕がちぎれた。


それでも強烈な斬撃は、迫り来る真っ黒な竜巻を迎え撃つ。

だめだ。完全に消失されることはできなかった。

グルジエンは、力を失った腕から落ちた包丁を加えあげた。直後に竜巻が彼女を巻き込んだ。


竜巻は彼女を空高くまきあげ、もみくちゃにし、瓦礫と刃は、その体に無数の傷を与えて、最後に岩に叩きつけた。


鋭い刃物傷のような復元はできない。

潰れたのどから、血を吹き上げならグルジエンは叫んだ。

叫んで立ち上がる。


これはいい。

素晴らしい敵だ。

あまりにも愛しい御敵だ。


だが。

竜巻の消滅した「異界」にフィオリナの姿はなかった。


「に、」

僅かに襟とストッキングの一部を残して、ほぼ裸体のグルジエンがへたりこんた。

「逃げた。いや」

いつもは、仏頂面の唇がじょじょに笑いの形につり上がっていく。

「逃がしてもらった?・・・」



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