第292話 黒竜降臨

“まずいな。”

と老人は思った。


ご老公・・・前ロデニウム公爵を挟んで2つの集団が対峙している。

一つは言うまでもなく、鉄道保安部。揃いの制服に身を包み、少なくとも集団としては統制が取れている。

対峙するのは、元々のこの街の治安局の面々、プラス一部の冒険者である。


先ほどまで、一緒になってご老公の一行を追い回していたのだが、空に現れた黒竜の叫びで、風向きが変わった。

オーベルを鉄道公社に引き渡すのが、少なくともぐギウリークも黙認した規定事項ではないことが、なんと古竜の口から宣言されたのである。

そして彼らが追い回してる人物が、クローディア大公とアウデリアであることも改めて明言された。

ならば、伯爵殺害は本当にクローディア大公のものなのか?


街のものは、白狼団のキッガ・・・・伯爵の養女であり、愛人でもあったと噂される女については、必ずしも悪意ばかりを持っていたわけではなかった。

街中では、彼らは狼藉は働かなかったし、彼らは列車の運行を止めることで、街に利益が齎されていたからである。

しかし、それにも限度があった。


「自らの父親を殺し」「その地位を奪った」


まるでその日その時を待ち焦がれていたように、暫定伯爵を名乗り、嬉々として次々と命令を発布し始めたキッガのことを街のものたちはそうみなした。


「街を鉄道公社に売り渡した。」


そのように疑問を抱いていた街の冒険者たち、仕事も奪われた街の治安官たちは、ここにギウリークの貴人である前ロデリウム公爵を捕らえるのをやめ、これを保護する立場に変わったのである。


空に突如現れた黒竜は、しかし、しばらく浮いていた後に唐突に姿を消した。


“まさか幻覚か?”

と、魔道にも通じたご老公などは思うのである。黒竜ラウレスは元々聖竜師団の顧問として、知ってるものにはそれなりに名を知られた人物である一方で、現在は馘首同然に追い出されて、ギウリークを離れてた身のはずである。

その名は騙りやすく、後から誰も責任は取らなくていい。

彼が、危うんだようにオーベルを鉄道公社に売り渡す計画が影で進んでいたとしたら当然、それに反発する勢力もギウリーク内に存在するはずだ。

ギウリークもそして、教皇庁すらも一枚岩ではないのである。


「その老人たちを引き渡せ!」

保安部の隊長格が、詰め寄った。


「できないな。」

保安長官のカッスベルは、あっさり言い切った。


「君たちはもはや解任されている。抵抗すれば一緒に逮捕されることになるぞ。」


「それもこれも怪しいものだ。」

もともと、ご老公の一行に役所を半壊させられた。迷惑しか被っていないはずだが、カッスベルは冷静だ。

「もともと、キッガさまが暫定とはいえ、伯爵の地位についたのも疑問だ。キッガさまはご養女のはず、正式な跡取りとして立てられたことは1度もない。」

「何を言い出す!」

隊長はせせら笑った。

「キッガさまは、伯爵の実のお子だ。正当な後継者だ。」

「その実の親と娘が、寝室でなにをやってたのか、町中で知らねえものはいねえんだ。」

年配の冒険者が、吐き捨てるように言った。

「道徳のセンセじゃねえんだが、道ならぬ恋ならもうちっと目立たないように歩みな。鉄道公社だかの男に乗り換えたあげくに、自分の父親だか愛人だかを手にかけて地位を簒奪するなんざ、いや、それも」

老冒険者はお手上げ、とでも言うように大袈裟に手を広げた。

「するなら、勝手にしやがれ、だ。

だが周りを巻き込むなよ。」


「伯爵殺害の犯人はクローディア公だっ!」

「隊長は怯んだが、それでも言い返した。

証言者もいる!」


「分かった分かった。」

カッスベルがバカにしたように手をヒラヒラさせた。

「クローディア陛下が口論の末、伯爵閣下を斬殺、居合わせた警備兵も皆殺し、たまたま居合わせた秘書官とそっちの保安部の精鋭部隊の隊員が一部始終を目撃したんだっけな。」


これは。

保安部隊員の間から、いままでどこに隠れていたのか、不思議になるほどの大男が現れた。


「残念だ。とても。」

縦にも横にも。膨大な体積を誇るその男は、むしろ優しげな笑みを浮かべて言った。

「残虐なる前ロデニウム公爵とその供回りは、冒険者と元治安部を皆殺し。かけつけた“絶士”シホウがこれを拘束しようとしたところ、抵抗激しく、お命を散らせてしまった。」


大きな分厚い手を顔に当てて泣き真似をした。

「おいたわしや!

ロデリウム公爵家からはさぞ怨嗟の声が上がるでしょうな。もちろん公式には“厄介者を消してくれてありがとう”としか言えないのですがね。」


「ご老公!」

マロクがささやいた。

「元英雄級冒険者“簒奪者”シホウ。

蒼天七星拳のシホウです。」

「きいた名前じゃな。」

ご老公は顔をしかめた。

「そんなやつまで、鉄道公社は雇っているのか。お主となら、どうじゃ。」

「ご老公や冒険者たちを守りながらでは無理か、と。」


ふむふむ。

もともと好々爺どころか、温厚な性格とは程遠い。ならば屍山血河を築いてもここを、切り抜けるか、と決意しかけた。

そのとき。



ラウレスは困っていた。

人化した姿での飛翔は苦手、といったがウソだ。苦手どころか全然飛べないのだ。高さは100メトル近い。


はたして竜鱗の防御はこの高さの落下に、耐えるだろうか。耐えたとしても。

痛いだろうなあ。

ため息をついて、下を見たら、結構な数の人だかりだ。しかも2つのグループに別れて対峙していた。

あそこに落ちたら巻き添えでけが人でるぞ。

ラウレスは、風魔法で空気を圧縮した。

これを地面に叩きつける。

周りの人間はふっとぶが、まともに頭の上に彼が落っこちるよりはマシだろう。しかも反動で落下速度を減速できる。

以外だったのは、1団の中に同様の魔法をとっさに使ったものがいたことだ。でっぷりと太った大男だ。

両者の風魔法は、空中でぶつかり合い。


ラウレスは、充分に減速して、ふわりと着地することが出来た。

ヤレヤレありがとうと、お礼を言おうとした所へ。

「ら、ラウレスどの!」

聞いた声で見知った顔だった。

「これはロデニウム公爵、いや引退されたのでしたか?」

老人はラウレスの手を握りしめた。

「よくぞ、駆けつけてくださった!」


いやあ、ギムリウスとウォルトに無理やり連れてこられただけなんだけどなあ、と彼は思った。

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