第290話 不屈
“絶”魔法士グルジエン。
彼女がなぜ、鉄道公社の「絶士」をしているのか。何者でどのような出自なのか。
いずれあらためて、語る機会はあるだろう。
見た目は、メイド(に見える)エプロンドレスに身を包み、年齢は不詳。実際のところ成人はしているのだろうが、なにもかもに飽きたようなその表情は、人生そのものに憂いた中年のものにも見える。
姿勢のいいすらりとした肢体とシワ一つない顔立ちは、せいぜい二十歳前後の若い女性にも見える。
その両手の包丁は、見た目こそは包丁、であったが、フィオリナの剣を受け止めてなお、刃こぼれ一つせず、その斬撃は無限の距離をもってフィオリナを襲う。
ならば、必然的に、戦う距離は剣の届く距離、すなわち接近戦にならざるを得ない。
「ひとつ聞いていいか?」
リウ贈呈の秘剣だけでは、足りず、空いた手に「光の剣」を生み出しながら、切り結ぶフィオリナの口唇には笑みが浮かんでいる。
余裕がある、というより、楽しくて仕方ないのだ。
「なにかな?」
包丁をもつ両方の手首が、ずるりと切断され、それは次の瞬間、癒着した。
「その包丁でまともに料理ができるのか?」
「り、料理、だと!!」
グルジエンの顔色は見る間に悪くなった。
「あんな危険なことを口にするな!」
「危険?」
フィオリナは、首を傾げた。自分の首を傾げついでに、グルジエンの首を両断した・・・だが、傷口はあっというまに癒着して元通りになってしまう。
「そうだ! 特にあの『シチュー』とかいう化け物にはなんど屋敷を更地にかえ、野営地を荒野に返し・・・」
「ちょっと待て! あの肉とか野菜とかを鍋にいれて、火にかけるあのシチューのことかっ!」
「そうだ。何度やっても周りのものを巻き込んで、爆発してしまう。そこでわたしは料理をするときのために、専用の閉鎖空間を。」
はたと気がついたようにグルジエンは言った。
「あなたも街中ではなかなか本気を出せないのでは?
もしよければ我が『異界』に招待したいのだが。」
さて、ここでルトくんの婚約者であるフィオリナ、当初の公爵家令嬢からランクアップして、現在はクローディア大公国の姫君にして第一後継者であるフィオリナ姫の欠点をひとつ指摘しておく。
彼女は、とんでもなく惚れっぽい。
その愛は、もちろん、ルトに似た外見の美少年に対して発動しがちなのだが、もうひとつ。
彼女に匹敵する戦闘力をもつ相手にもしばしば発動するのだ。
たとえば、これはかつて魔王宮の階層主たちが、ルトとフィオリナに、彼らに匹敵する能力をあることを認めたのち、二人を友人として扱ったことに似ているかもしれない。
彼女は、ルトほど、はっきりと意識はしていなかったのだが、あまりにも秀でた能力のために常に孤独感のなかにおり、彼女と同等の能力の一端でも示してくれる相手には、けっこう甘々になるのである。
これは、どう評価すべきなのだろう?
フィオリナは、その価値基準においても、人間よりは迷宮の階層主、それも知性をもった「災害級」に近いということなのだろうか。
「もっとも、姫に拒否する権利は無いのだけれど。」
周りの景色が一瞬歪み、気がついたら「そこ」にいた。
周りはごつごつとした岩場。空は暗く、太陽も星も見えない。
これがこのダメメイドの言う「異界」なのだろうか?
引き込まれる時のエフェクト。
空間の歪み。渦巻き、地面が壊れて落ちる感覚。
フィオリナには何一つ感じられなかった。
だとしたら、大変な術者だ。
グルジエンの神速の踏み込みに、僅かに反応は遅れた。フィオリナの肩から、血が飛び散る。左手の光の剣を投げつけながら後退したが、悪手だった。
この相手の斬撃の有効範囲は、目に見えるすべてなのだ。
頭皮と一緒に顔を削げとった一撃は、フィオリナの視界を奪い、胸への攻撃は、なんとか、ガードしたものの、太ももを深深と切り裂かれた。
無詠唱の光の剣を同じく無詠唱の光の槍が刺し貫く。威力は光の槍が上だった。相殺し切れなかったエネルギーの余波は、フィオリナの体を後方の岩に叩きつけた。
顔の半分を血に染めた、その口から鮮血が吹き出た。
対して、フィオリナが紡いだ「業火」の魔法は炎の檻に対象物を閉じ込めるものだった。
一瞬で切り裂かれ、メイドは女主人が朝寝坊を決め込んだときの顔で、傷ひとつなく、現れた。
いや、服の方は焼け焦げたボロきれと化していたのでグルジエンは3秒使ってドレスを着替えた。
対するフィオリナは。膝をついて上半身は起こしたものの、立ち上がることはできない。
太ももの傷は骨まで達していた。
顔は流れる血で染まり、はたして目が見えているのかもわからない。
「絶士」とは、これほどのものなのか。先には賢者ウィルニアと「黒聖女」シャーリーと引き分け、いままたフィオリナをも圧倒しつつある。
さらに彼女、グルジエンはその再生能力において、アンデッドのシャーリーをあきれされたものがあるのだ。
しかし。
フィオリナをよく知るもの。戦ったことのあるもの、たとえば、ルトやロウ=リンドならこう言うだろう。
「フィオリナはここからが強い。」
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