第285話 黒竜、オールベ上空

眼下に広がるのは、オールベの街。

駅を中心に広がる、昔ながらの都市ではありえない無秩序で乱雑な建物の広がり。もちろん、ほとんどの都市で見られるような城壁など影も形もない。


その間を縫うように鉄道が伸びている。

北から南から。

東から西から。

あらゆる路線がこの街に集結しているようだった。


はるかに広がる平原の街、オールべ。

北西に山をかかえ、その山を超えるとランゴバルドだが、それははるかに遠くである。

街の西北に滔々と流れる川には橋がかけられている。人間が渡るためのものではない。魔道列車を通すための鉄製の頑強な橋だ。


個々の建物を識別できるような高さではない。

例えば、飛翔の魔法を使えるものでも、空気の冷たさに耐えきれなくなる、竜のみに許される高度であった。

“充分な距離をとっているし、光学迷彩をかけてあるから、誰もわたしたちに気がついていないはずだ。”

ラウレスが言った。

“こっそり降りるなら、街の北西に小さな山があるな。あそこにみんなを降ろしてから、わたしも人化して降りるのがいいだろうと思う。”


「却下。」

ギムリウスの冷たい言葉に、思わずラウレスは「なんで!?」とつぶやいた。とは言っても彼の今の口の構造は、人間の言葉を発するようにはできていなかったので、意味不明な唸り声となっただけだった。


“ならどうする?”


ギムリウスは、ラウレスのするべきことを簡潔、かつ明瞭に告げた。

ミイシアが楽しそうに笑い転げた。

ウォルトは、なるほど、と頷いた。


「転移を使わずにわざわざ、ラウレスに乗ってきたのはそういうわけか。」


「だからどういうわけ!?」

エミリアがぶつくさ言った。あまり高いところの得意ではない(まあ、普通の人間、いや魔法で身体を浮かすことのできない人間ならば満遍なく耐えきれない高さではあった)エミリアは、できるだけ下を見ないようにしながら、話をしている。

「降りるっていってもいきなり、竜の姿を見られたら大パニックなるわ。ラウレスが言ったとおりにするしかない・・・それともなに、わざとパニックを起こさせたいわけ!?」

言っているエミリアの顔がだんだん青くなる。

「・・・起こさせたいワケ・・・なの・・」


「わたしはそれほど、人間のことがわかっていない。」

ギムリウスはちょっと寂しそうに言った。

「ルトのように、相手の反応を予想してあれこれ計画することはできない。

だから、力にものを言わせる。わたしはいまのままでもこの街を葬ることはできるが、それは誰も信じない。だから実際に葬り去って証明することしかできない。つまり」


「脅すことで同様な効果を得たいわけだね?」


「そうだ。ウォルトはわたしのことをよくわかってくれる。」

ギムリウスはうれしそうに笑った。

「まるでルトみたいだ。」


“そんなことにわたしを巻き込まないでくれ!”

ラウレスが悲痛な叫びをあげた。

“それをするならギムリウスの本体だって充分脅威だろう?”


「わたしの本体は長時間空に浮く機能がないのだ。」常識豊かなギムリウスは答えた。「つまり出現させただけで、建物をいくつも倒壊させてしまう。実際にそうするのではなくて、そうできる力があることを誇示するだけで、同じ効果を得たいのだ。とすると、人間にとって畏敬の対象でもある古竜の力を借りるのが一番いい。」


“でもでも”

ラウレスはダダをこねるように言った。

“竜の姿で、この街を焼き払う宣言なんてとても出来ない!”


「わりと最近、グランダの王都でやったじゃない。」

ミイシアが明るく言った。


“やめてくれっ!”

それをやって、ラウレスはブレスをかき消され、翼を裂かれ、職を失い。

ラウレスにとっては悪夢の記憶だ。黒歴史というやつである。


黒竜だけに。


「やらないと、おまえを食う。」

ギムリウスが、かわいい歯をむき出した。


“わかった。しっぽの先なら食べてもいいから”


「そこまで嫌なのか!」

ミイシアがあきれたように言った。


「でもギムリウスの方法が一番手っ取り早くていいと思う。」

ウォルトが真面目な顔でそう言った。

「もちろん、クローディア大公夫妻をだせと言って素直に出すとは限らないけど。むこうの反応を見てまたこちらも対応がとれると思う。

ギムリウスの案でいこう。」


それは、ラウレスの友人(と彼は思っていた)であるルトの言葉のように、ラウレスの心に響いた。


“わかった。”

ラウレスは頷いた。

“ただ、叫んだあとはすぐ人化させてもらうよ。こんな恥ずかしいめには耐えられない。”



「うーん、すばらしい。やることがいちいち人間ばなれしてる。」

ヴァルゴールの12使徒ミランは目を輝かせて上機嫌だった。


ラウレスは、降下しながら、迷彩を解いた。

己の姿が太陽の光をさえぎり、誰の目にも届くようになったところで、眼下の都市のすべてに行き渡るように念話を、開いた。


“ オールベの街のすべてのものに告げる。

我は黒竜ラウレス。お前たちが捕らえた我が知己クローディア大公夫妻をただちに解放せよ。

これは、ギヴリークの指示でもあり、我の意思でもある。

待つ時間は無い。ただちに我が命を遂行せよ。

従わぬときは、我が炎をもって、オールベを消滅させる。”

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