第284話 死闘!茶番劇 その2
クローディアにとっては災難である。
彼もよく把握はしていなかったが、ドロシーはロウによってギムリウスの糸で作ったボディスーツ着用済みだったし、アキルは邪神ヴァルゴールの現身だった。
つまり、当たり前の防御力しかない生身の人間だったのはクローディアひとりだけで、彼は体がでかい分被弾面積も多かったのである。
治癒魔法は?
これも発動できなかった。
切れた額から流れる血を拭って、クローディアは立ち上がった。打撲は数え切れない。骨折もあるだろう。
だが、少なくとも今は、倒れている場合ではない。
拳を全力で突き合わせたまま、ジウルとアウデリアはジリジリと次の行動を起こしつつあった。
アウデリアは、もう片方の手で斧を振りかぶり、ジウルは。
武術の熟練者であるクローディアには、ジウルの動きがわかった。全力で踏ん張りながら、一歩も動かず、筋肉のうねりだけで魔力を練り上げる。
それが、拳に集中するのと、アウデリアの斧が振り下ろされるのは一緒だった。
ジウルの肩が血飛沫きをあげ、同時にアウデリアの拳が砕ける。
両雄は半歩下がって、もう一度身がまえた。
地面を蹴ったジウルの動きは、ミトラの剣術に扇として伝わる「瞬き」に近いものだったかもしれない。
斧を掻い潜って、アウデリアの懐に飛び込みざまにその胸に拳を。
アウデリアの膝の方が早い。ジウルの体が後方に吹っ飛んだ。
「ええっと・・・・」
ロウの目が泳いだ。
どっちも本気の本気に見えたのだ。
まずい。
両方に深く傷ついてもらっては、困るのだ。
後で、フィオリナとドロシーとたぶん、ルトから抗議が来ることは必至である。
「おいっ! 何をボケッと見てやがるんだっ!」
クローディアが、叫んだ。
「アウデリアを捕らえるチャンスだぞ。おまえらも手をかせ!」
本人が血を流しているだけにこれは説得力があった。
副隊長殿の命令も待たずに、集まった保安部の戦闘員たちは一斉に、得物を掲げてアウデリアに殺到した。
「ドロシー! おまえもジウルを援護しろ。」
ロウは、ドロシーの肩を押した。
ドロシーは頷いた。
彼女が選んだのは、紫電。
小さな電気を帯びた魔力弾を無数に打ち出す技だった。
それは消費魔力が小さく、効果が大きく、しかし狙いがつけにくい。乱戦では使ってはいけない技だった。
保安隊の面々が巻き込まれて次々と、悶絶していく。
肝心のアウデリアはというと、跳躍して二階の残骸から、さらに隣の建物屋根に飛び移って、ドロシーの魔法の威力の範囲外に逃れていた。
ジウルが吠えてその後を追おうとするのを、アウデリアは上空から、斧を振りかざして迎うった。
斧の一撃と、蹴りはどちらも空を切った。
そのまま、もつれて彼らは・・・・新たに到着し、まだ状況が掴めていない保安隊員の集団に落下した。
激しく交錯する拳、蹴り、斧。互いの技をかわすたびに、周りのいる隊員たちを巻き込む。
巻き添えを食って吹っ飛んだ隊員たちはもうピクリとも動かない。
完全に失神している。
そこにまた新たな部隊が到着した。
これは混乱にさらに混乱を招いた。
アウデリアしか眼中にないドロシーはそこに、氷の矢を次々と乱射し、保安隊員たちは、どこから誰が攻撃してくるのかもわからずに、足や腕を射抜かれて、倒れた。
「誰だ、こんなひどい戦法を考えたのは?」
ガルレアが、ロウを非難するようにじと目で睨む。
「指揮官が悪いからだ。とっとと陣を組んで、強者に対応できるようにしないで、有象無象の数ばかり集めているとこうなる。」
「しかし、数は多い。」
ガルレアは冷静に指摘した。
「魔道列車に兵を満載して送り込んできてる。何千人いるかわからないぞ。」
「市街戦だ。一度に投入してできる兵は限られている。」
出血を抑えながら、クローディアは言った。
「無意味な消耗戦だ。いつ奴らが気がつくか。」
「このままでは終わらない。奴らの中に『絶士』とかいう精鋭がいるそうだ。キッガによれば、黄金級冒険者をこえ、英雄級にすら匹敵するとか。」
ロウは言いながら、クローディアの出血の激しい肩の傷を抑えてやる。
治療魔法はウィルニアの魔法封じのため、使えないが、血の流れをコントロールすることは、吸血鬼に備わった半ば本能的なスキルだ。こちらは魔法封じの中でも発動できた。
「確かに。絶『剣士』とは遭遇したが、大した腕前だった。」
ガルレアは言った。
「絶『魔法士』は、さっきやり合ったばかりだ。」
ウィルニアが女装のまま言った。
「恐ろしい相手だった。」
「倒せたのか? 老師。」
クローディアが尋ねた。
「いや、こちらも向こうも手詰まりでね。とりあえず、一緒にお茶を飲んでお開きにしてもらったんだ。」
何を言ってるのかわからない。
ロウとガルレア、クローディアは頭を抱えた。何を言ってるのかよくわかったシャリーも同様だった。
絶魔法士グエルジンは、新しいエプロンドレスに着替えていた。
目の前にいるのは、ゼナス・ブォストル。この計画が成功したなら、初めての「公社直轄地区の総括責任者」という名の「王」になる男だった。
「おまえが取り逃がした、と?」
「どっちかと言うと、逃したてもらったのかと。」
「異界に落としてなお、か?」
「ああ・・・」グエルジンは、テーブルの上に無意識にお茶をさがしたが、ゼナス・ブォストル自身の酒のグラスしかなかった。
命のやりとりをした相手のほうが、味方よりも待遇がいいとはどういうことだろう。
「無限に増殖するアンデッドを召喚された。黒い骸骨の姿に鎌をふるう恐ろしい相手だった。斬撃と腐食ガスで、服が9着もダメになった。」
「やつは、グランダ魔道院の新しい学院長だったな。召喚師なのか?」
「賢者ウィルニアだ。」
グエルジンはぼそりと答えた。
「そう名乗っているのは知っている。」
ゼナス・ブォストルはいらいらと言った。
「そう名乗るだけの力をもっている、とそういうことか?」
グエルジンは、彼が「本物」だと確信していたが、どう説明してもゼナス・ブォストルが納得しないことはよく理解できた。
「もう一度やれば、勝てるか?」
「命を賭ければ。」
「ならば、やれ。そのウィルニアを自称する道化を葬れ。」
グエルジンはため息をついて、大きく「伸び」をした。
「ゼナス・ブォストル。」
「なんだ、異世界人!」
「メイドは仕事に命を賭けたりはしないものです。」
ドアが乱暴に開かれ、キッガと保安部の兵が足早に入ってきた。
「アウデリアが、見つかった。ロウたちが戦っている。保安隊に犠牲が拡大している。増援が向かっているが・・・」
「ふん・・・」
ゼナス・ブォストルがじろり、とグエルジンを見た。
「アウデリアならどうだ?」
「ふん。」
同じように鼻をならして、つまらなそうに、グエルジンは立ち上がった。
「まあ、メイドにできることはやってやるよ。どうせ、私に行き場はないんだし。」
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