第272話 ギムリウス出陣

「クローディア陛下を知っているか?」

アライアス侯爵にそう訊かれて、ギムリウスは頷いた。


フィオリナのお父さんだ。

それどころか、ギムリウスがグランダの王都で絡まれていたときに、助けてくれた恩人でもある。

できれば、友だちになりたいと、ギムリウスは願っていたが、そのためには試しを行わないといけない。

試しを行うとたいていの人間は死んでしまうので、ギムリウスからお願いするのははばかられた。


「北の新興国は、その武勇以外にはあまり情報がない。」

アライアスは、それほどギムリウスに期待したわけではなかった。

いくら北の出身とはいえ、歴史にも記されたことのない少数部族の出身である。

ダメもと、での質問であったが結果は意外なものだった。


「クローディア大公国に竜はいるのか?」

「いません。」


即答である。

ギムリウスたちの一族は、西域に知られていないだけで案外、幅広く活動しているのかもしれない、

彼女を見つめるギムリウスの視線に気付いて、侯爵は言葉を足した。


「いや、クローディア大公陛下のご到着が遅いのが気がかりでな。

グランダ出立の知らせからもう10日になる。

供回りは、グランダ魔道院の新しい学長ひとり、という身軽さなのでてっきり、最寄りの駅まで竜に運んでもらい、そこから魔道列車を使われるものと考えていたのだ。

ならばもうミトラに着いて当然のころ。未だにお見えにならないのは、なにか事故でもと心配していたのだが。

竜がいなければ、10日以上はかかる道のりだ。もう少し様子をみよう。」


「侯爵さまのご質問は、移送を命じることのできる古竜がいるか、ということですか?」

ギムリウスは無邪気に微笑んだ。

「それなら、ラスティにゾール、アルガンティ、ケミストリニア・・・」

「ち、ちょっと待て!」

アライアスは叫んだ。

古竜と友誼を結ぶのは、「国家」にだけ許された特権だ。だが、微妙なのは竜の側からもたらされた友誼ならばその限りではない、ということだ。

クローディア大公のような英傑ならば、あるいは密かに古竜との友好をもっているのも有り得ない話ではなかったが。


「い、いったい何頭いるのだっ!」

「わたしは、8体、いや9体しか知りません。」

「そ、それほどの、竜をクローディア大公が。」

「クローディアさまではないです。

ウィルニアですね。」


それは伝説の賢者の名で、グランダ魔道院の新しく学長となった男がそう名乗って、西域中の物笑いのタネになっていた。

つい先日、ランゴバルド冒険者学校との対抗戦を行い、出かけた教育関係者、魔導師、もの好きたちは帰ってから口々に、あれ程の大魔導師がいままでどこに埋もれていたのだ、それにしてもなぜ大昔の賢者の名前など名乗るのかと、首を傾げていた。


「伝説の大賢者ならば不思議は無いだろう。」

アライアスは、笑った。笑うしかない。

伝説の賢者を名乗る魔法使いならばそういうことも、有り得るのだろう。そう思うほかはない。


「わかった。

しかし、それならばなぜ、到着がこれほど遅れているのだろうか。

なにか考えはあるか?ギムリウス。」

ギムリウスは、ちょっと考えてから、また両手を空間に突っ込んだ。


どこかから、強制転移されられたびしょ濡れの裸の少年は、可愛らしい自分の主人に抗議した。

「主! 入浴中なのです!」

「見ればわかる。」

ギムリウスは、抗議に一切取り合わず、今までの経過を淡々と話した。


「あの御三方が、トラブルに巻き飲まれていないところなど想像できませんね。」

ゴウグレは、眉の間に皺を寄せて、考え込んだ。

「ウィルニアがいて、トラブルが起きないことも、ウィルニアがいて、トラブルが解決できないことも有り得ません。

一番、可能性が高いのは交通機関のトラブルです。魔道列車の事故や遅延は起きていませんか?」


言うほどギムリウスは、少年に邪険な訳でもなくて、大きなバスタオルを出して少年の体を包んでやっていた。


「オールべで車両故障が起きている。」

また、オールべか。

と、アライアスは呟いた。


「あそこは、トラブルが多い。鉄道公社は、機械上のトラブルや線路の補修が偶然重なっただけ、と報告しているのだが。」

「それです。」

ゴウグレが断定した。

「ミトラへの乗り換え線もそこを通ります。

実際になにが起きているのかを確かめる必要があります。」


アライアスは頷いた。いろいろ非常識な面はあってもこの主従が有能なことは疑い無かった。

「ギムリウス、頼まれてくれるか?」


ギムリウスは、少し考えて承諾した。


「わたし一人では、人口の多い町での活動は難しいです。」

これは、ミトラで厳しい亜人への差別のことである。

「ウォルトとミイシア、ミランそれにエミリアを連れて行きます。」

「前に話していた少年たちと12使徒、か。」

アライアスは、難しい顔をした。生半可な戦力を叩きこむよりは、確かに子供と言っても良いメンバーのろうが聞き込みもしやすいだろう。


「移動手段はどうする?

オーベルで列車が足止めを食っているせいで、あちらへの路線はほとんどストップしている。」

「竜に運んでもらいます。」


アライアスは、唖然とした。そんな無茶な竜の使い方は、王でも行わない。

「いま、ミトラに竜は、真竜師団のマーテイスのみだ。彼女は移送があまり得意ではない。5人を一度には・・・」

「ラウレスにやらせるから大丈夫です。」


ああ、そうだった。

アライアスは、ある事に気がついて呆然とした。

この少年は、ラウレスのことを知っている!

そして、気軽に移送を頼める仲なのだ!

「しかし、彼はその、教皇庁からの任務でかなり忙しく」

「わたしの命令なので大丈夫です。」


ぜんぜん大丈夫ではなかった。

このあどけなさすら感じる亜人の少年は。

古竜に、命令ができるのだ。


まるで、伝説の神獣ギムリウスが目の前にいるかのような戦慄を感じながら、侯爵はギムリウスが裸の少年の肩を掴んで、またどこかへと転送するのを半ば呆然と見送った。

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