第271話 闇姫と絶剣士

クローディアは、突き出された槍の柄を掴んで、そのまま相手の身体を持ち上げる。蒼白になった警備兵をそのまま振り回した。

仲間を五人ばかり巻き込んで、兵は吹っ飛んで失神した。クローディアの剣は、哀れな伯爵閣下の胸に刺さったままだ。

彼の言を信じるならば、道をはずれた愛欲に溺れ、ギウリークからの独立を画策し、その娘に裏切られて、命を失った。


自業自得ながら。


あとからあとから、警備兵は押し寄せてくる。

この程度の屋敷に収まる人数ではないし、なかにも金属製の鎧に身を固めたものもいる。どこかに後詰をひかさせておいたのだ。

つまりは、先に尋ねた秘書官、伯爵家ぐるみで、エステル伯爵を排除に動いたというところだろう。


このままには、捨ておけんな。

部屋は、一番奥まったところで窓もない。

いずれは体力の限界で、殺されることになるのだろうか。

ここで、死んでいい体でもないし、そもそも死にたくはなかった。


“ならば殺すか”

クローディアの中から何かが膨れ上がった。


ドガッ。

壁が外側から砕かれた。

吹っ飛んだ瓦礫にまきこまれた兵士が倒れた。


「やっほう。」

美人で残虐で陽気な傭兵ガルレアは、壁にあいた大穴から大鎌を背に担いて、入ってきた。

「大公陛下をひとりで行かせるほど、わたしらも甘くはなくてね。」


「ガレルア殿、助かる。だが、ここは逃げることに専念しようとする。」

「おやおや。」


ぐるりと大鎌を旋回させる。

その動作だけで、兵士たちはたたらを踏んだ。


「猛将として名高いクローディア将軍がお優しい。」

「こいつらは、有無を言わさずわたしを討ち取るように命じられているらしい。」

クローディアは火球を作り出した。「領主を殺害し、一国の主を手にかけるのだ。この中からは責任を取らされるもの、命をもって償うものが必ず出てくるだろう。」


戦場で大群を叱咤した彼の声は、広間の隅々にまで響いた。


「それはあまりにも気の毒。とは言え、わざわざ死刑台で散るための命を予め刈り取ってやるのは、我々の仕事ではあるまい。」

「それはまた優しいのか優しくないのかわからんねえ。」


大鎌は、以前アウデリアに刃を「噛み砕かれた」はずだったが、損傷の跡はない。あるいは自己修復機能を持つ伝説級の業物なのだろうか。

そこに炎を灯すと、そのまま刃を床に近づける。

床が。熱い絨毯に覆われた床が、床材ごと、溶けた。溶け落ちた床は、クローディアたちと兵の間に、溝を作った。


「わたしは銀級冒険者。『漆黒の傭兵』ガレルア。噂をきいたものはいるかもしれんが、とにかく殺しの大好きな性格破綻者でな。」

くっくっく。

と、ガレルアは笑ったが、その笑いだけで兵士たちは凍りつく。

とにかく、無手の相手を圧倒的な人数で、殺す。それだけの作業を行うつもりで集められた兵だった。

「戦う」覚悟のあるものはいない。クローディアの怪力に明らかに怯んでいたところに、現れたガルレアは、風体こそは、うら若き女性ではあったが、その不気味な佇まいと、壁を砕き、床を溶かした技量はただ者ではなかった。


「クローディアとその仲間に、最初の傷を付けたものに金額10枚!」」

彼をここに案内した秘書官が叫んだ。

「首を取ったものに、金貨100枚を与える。」


ガルレアは、鎌を回転させた。

ポン

と軽い音をたてて、首が飛んだ。

落ちてくる首を、ガルレアは器用に自分で受け止めた。

鮮血は天井まで吹き上がっていた。

だが、首がもとの場所に戻ると、血は止まり、指でぐるりと拭うと、もう傷跡も見えなかった。


「はい、金貨110枚。」

なんのダメージも受けていないように、ガルレアは笑って手を差し出した。


「ば、ばけものっ!」

怯えた兵士が、背中を見せて逃げだすものも数人。


「ば、ばか者共が!」

秘書官は喚いたが、一度、敗走に向かった兵を留めるのは、一か八かの突撃を命ずるよりも難しい。

逃げ出した兵たちの前に、黒い影がたちふさがった。


構わずその脇を駆け抜けようにする兵士を。

抜いた剣筋は、クローディアにも見えぬ。

1人は右袈裟に、1人は首を跳ねられてどうと、倒れる。

血飛沫を避けるように、前方にあゆみ出た剣士は、眉目秀麗。

防具は、胸当てのみ。

女性と見まがうようなしなやかな細身の体に、憂いに満ちたその表情。


そしてもう一つ。

傭兵ガルレアの左腕が、肩口からふっとんだ。

それをキャッチしたガルレアが、傷口をつけてからぐるりと肩を回す。


「逃亡兵を処刑

ついでに、剣圧で衝撃波か。」

ガルレアの笑みはかわらない。

「いい腕だな。何者だ?」


「貴様こそ、何者だ。」

典雅な容貌をしかめて、剣士は言った。

「人の姿でその再生力。まるで銀灰皇国の闇姫だな。」


「クローディア陛下。あれは『絶士』のようじゃのう。」

ガレルアは、切断されたほうの手をなんどか、握ったりひらいたりして感触を確かめてから言った。

「“鉄道公社”保安部の精鋭部隊か。」

「へえ・・・よくご存知で。」

「名前程度だ。」

クローディアは、手に作った火球を投げつけた。


火球は空中で、炸裂し、小型の火の玉を撒き散らした。

兵士たちが逃げ惑う。


「逃げるぞ、ガレルア殿。」

「承知」


ガレルアは、クローディアの手を掴んで、壁にあけた穴から外に飛び出した。

たった今まで、彼らが立っていた床が裂けた。

剣士の放った剣の衝撃波の為せる技だった。


壁の穴から続けざまに火炎球が打ち込まれる。

「絶剣士どの!」

悲鳴をあげた秘書官にせまった火球を、剣士は一刀のもとに切り捨てた。


「逃したか。」

舌打ちをして美貌の剣士は、剣をしまった。


「これは・・・」

「構わない。」

剣士は、物憂げに周りの兵士たちを睨めつけた。

「逃げられることも計算のうちだ。領内にクローディア大公の拘束を命令せよ。

なにしろ、領主たるエステル伯爵を殺害し・・・」


物憂げな視線が、兵士たちをぐるりと見回した。

「事情をきこうと集まった兵士をすべて惨殺して、立ち去った大量殺戮犯の疑いをかけられているのだからな。」



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