第273話 勘違いする者たち

この決して長いと言えない打合せの間にも多くの齟齬が発生したが、アライアスもギムリウスもそれにまったく気がついていなかった。

これはもちろんアライアスのせいではない。そして、驚くべきことにギムリウスのせいでもない。


アライアスは、転移能力に特化したギムリウスと、その若い友人たちに、オーベルで何が起こっているかを探らせるつもりだった。

必要ならば、クローディア大公を救出するための部隊を送り込む。鉄道管理について領主に問題があるようなら然るべき、処罰を加える。


ギムリウスは、全てを解決するつもりだった。

クローディア夫妻と、ウィルニアがなにかトラブルに巻き込まれているようなら、解決する。

抵抗するものがあれば、全て打ち倒し、粉砕し、踏み躙る。


対人戦闘ならば、人化した古竜ですら圧倒するエミリア。ヴァルゴールの12使徒のミラン。ギムリウスの試練に耐えたウォルトとミイシア。そして神獣ギムリウス。

当然、城砦の如き「本体」を呼ぶことも、無限に製造される蜘蛛軍団を差し向けることもできる。

無敵に近い布陣である。

誰か忘れているような気がした。


ギムリウスは、首を傾げたがまあ、いいやと思った。




齟齬は、遠くオーベルの地でも起こっていた。


鉄道公団は、ゼナス・ブォストルは頭がよく、他者から傅かれるのが当然と思って生きてきた。

彼は今回の任務、つまりオールべの街をギウリーク聖帝国から切り離し、鉄道公団の直轄にすること。

すでに、邪魔な領主の命は断った。その犯人として名指しされたのは、クローディア大公であり、さすがにこれほどの嫌疑であれば一国の領主といえども逮捕しても差し支えはなかろう。

全ては順調であり、彼のコントロールのもとにある。

ただ、人質だけがうまくいかない。

キッガが彼に無断で雇いいいれた爵位持ちの吸血鬼。ロウ=リンド。

彼の目論見通りに、人質として、拳法家の弟子どもを拉致したらのが、手元に抱え込んで彼が手出しをすることを一才、許さない。

なんと、二人の女が自分のことを見限って出奔したのだと信じ込んだ拳士は誘拐をどうしても信じないのだという。

ならば、女どもの体の1部を切り取って送り付けろと「命じた」彼の命令にロウ=リンドは平然と反対したのだ。


“ ジウルはこちらに引き込んだほうがいい。人質に手荒な真似は禁物だ。”と。

それは合理的な判断であったし、キッガもその方がいいだろうと、彼に言った。

キッガはともかく吸血鬼風情が、公社の人間に指図をしたのだ。これは許し難い。


彼のプランはとにかく、連中を個別にバラバラにした上で始末する、というものだった。

だから、人質などいたぶり殺しても構わない。逆上して乗り込んでくれば推し包んで返り討ちだ。

ゼナス・ブォストルはこの任務に当たって、三名の「絶士」を保安部から借り受けていた。

ならば負けるはずがないのだ。


ゼナス・ブォストルは、胸の中に広がる苦いものを噛み殺した。

目の前で踊るキッガの肢体に、集中する。まったく!

この女もこの体さえなければ、とっとと、始末してやるのだが。



ウィルニアは、彼にしては賢明なことに自分が動けば動くほど、事態が悪化することが多いのに気がついており、まあ、数日の我慢で列車が運行されるならば、ふて寝を決め込んでいればいいか、と思い実際何日かは大人しくしていたのだ。


しかし、まあ。

およそ、我慢には程遠いのがウィルニアの性格である。


うん、そうだな。宿から出て少し歩くくらいはいいんじゃないだろうか。


そう思って、ギルドの門を出て3歩、歩いた時だった。

彼の周りの世界がぐるりと回った。

いままでいた繁華街はどこにもなく、暗黒の空に岩場がどこまでも続く。


強制転移?

いや、異界への「落とし穴」か。


ウィルニアが見上げた岩のうえには、女が立っていた。

「メイド・・・さん?」


一人で掃除から調理までこなすハウスメイドさん、に見えた。

そうでないと、メイド服のロングエプロンを身につけ、両手に包丁をもっている意味がわからない。


「絶魔法士グエルジン。」

隠隠と彼女は名乗った。

「ゼナス・ブォストルさまの命令はひとりひとり、すり潰せ、とのことだ、」

彼女は、その頭上で包丁をカシャッと交差させた。


「絶士?」


魔法士、と名乗った彼女はその名乗りに反し、包丁を振りかざして、ウィルニアに襲いかかった。

ウィルニアは、動けない。


突然、体重が何倍にもなったかのような重だるさ。1歩を踏み出すことさえ叶わぬ。


飛び降りたグエルジンの包丁は、ウィルニアと彼女の間にあった岩塊を、バターのように切り裂いた。


「刃物はよく研いであるけど、踏み込みが甘いな。」


グエルジンは、呆然とウィルアを見つめた。

包丁はウィルニアを両断したはずだった。だが彼女とウィルニアの距離は、相変わらず10メトルはあり、それは全く、縮まっていないように見えた。


グエルジンの叫んだ魔法の言葉は、ウィルニアも聞いたことがなかった。手のひらに光の玉が収縮し、そのから光の放流が放たれる。

それは、ウィルニアの体に達することなく。

消えた。

「破邪光槍の射程は1000メトル。」

グエルジンは、顔を歪めた。

「わたしとおまえの距離はそれ以上ある、ということか。」

「なに、10日も旅すればたどり着けるさ。」

ウィルニアは安請け合いした。


グエルジンの、額に3つ目の目が開いた。

「わたしの“目”に距離など関係ない。」

そして大きく包丁を振りかざした。

「見えているならば斬撃はどこにでも届く。」

はたして。


振り下ろした包丁は、交差する黒い鎌が受け止めた。

「斬撃を転移させているようです。」

黒い骸骨の聖女はたんたんと告げた。

「いくら距離を好きに設定できるからと言って、障壁も、なしに敵の前に立つのは」

「まだ、敵と決まった訳では無いよ、シャーリー。」


その、声が余りにも、のんびりしていて、まるで、これからお茶会でもはじめそうだったので、シャーリーは鎌の柄で、主の頭を小突いた。



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