第245話 オールべの嵐

ドロシーがギルドに戻ったとき、交渉はまだ続いていた。


クローディアが「白狼団」の規模やその兵たちの練度、主だったものの能力など、あれやこれやをギルマスや、地元の冒険者たちに聞いていたのである。

なにしろ娘と妻から「人たらし」と揶揄された彼のことである。


適当に酒を勧めて、しばらくよもやま話をしているうちに、地元の冒険者たちもかなり打ち解けた。


「だいたい冒険者なんて単純なモンでいいですよ。」

と、さっき絡んできたリーダー格の剣士は、頭をてかてかと光らせて、クローディアにぼやいた。

「依頼料をもらって、護衛したり、迷宮に素材をとりに潜ったり。

お国じゃあ、どうか知りませんが、ギウリークじゃ、最近は治安官の真似ごとまでお鉢が回ってくる。

こりゃあ、いけませんです。物事は単純はいいんです。単純が。」


「確かに。」クローディアは、禿頭の男に酒を注いでやりながら同意した。「治安の仕事まで冒険者にやらせるのは、違うだろう。」


「物事を複雑にして、掻き回して、グダグダにするときには大抵、上の方が絡んでるもんなんです。『白狼団』にしたってそうです。

ありゃあ、あそこの女団長ってのが、凄腕なんですが、なんとこれが」


男は息を顰めた。


「ここらの領主、エステル伯爵の義理の娘なんです。まあ、義理のって言ってもいろいろと訳ありでね。」

「おい、グラフト!」

仲間が止めに入ったが、禿頭の戦士グラフとは手を振り払った。


「ギルドのもんなら、みんな知ってることだろう。

もともと、伯爵さまが、さる騎士の未亡人に惚れ込んで通い始めたのたのはいいが、この未亡人さんがある日ぽっくり亡くなっちまった。

病気、って、ことにはなってますがね、どうも奥の方が手を下したんじゃねえかって噂もありました。

それから、身寄りのなくなったその娘を養女ってことにして引き取ってやったのは、まあ美談かもしれねえが、娘の方にまで手をつけちまった。」


「おいおい、あんまり無茶を言うな。」

ギルマスも止めに入った。

「手をつけたって、まだあのころ、キッガさまは10になられたばかりの頃だ。」


「すぐに手をつけたのか、しばらく待ったかはわかりはしませんがね。

ある日、キッガさまが冒険者ギルドに相談におとずれたんですわ。

理由は、親父、つまりエステル伯爵の反逆罪。」


「反逆罪というのは、けっこう濡れ衣の多い罪状だぞ。」

クローディアは口をはさんだ。

「とくに高位の貴族だと、普通に傷害や詐欺だとまともに訴えられんのでやたらに反逆罪を持ち出したがる。」


「まるで、その場にいたみたいですな。」

と、ギルマスは目を丸くした。

「まさにその通りで、伯爵は奥方と義理の娘とひとつ屋根の下で関係をもっちまったんでもう針のむしろですわ。」


「で、最終的には奥方をとることにして、キッガさまは、ランゴバルドにご留学、てことになったんですが、 それが気に食わなかったんでしょうね。なにせここはターミナル駅のある大都市だ。動く金はやまほどある。汚職はまあ、あるんでしょうが、少しばかりくすねても反逆罪にはなりません。」

「なぜ、そのご令嬢が野盗に?

伯爵閣下はなぜ捕まえようとしないのだ?」


「そいつは・・・」


ギルドのドアが、蹴破られた。


「盛り上がってるかい? 野郎ども!」


美しく、そして禍々しい女だった。

年はまだ若い。二十代の前半だろうが、まるで、無理やり狂い咲きさせられた華のように妖しく、しかし、半ばむき出しの果実のような乳房を見せつけるように、ゆっくりと店内に入ってきた。


「いい知らせだ、冒険者ども。」

女は、にやにやと笑いながら、周りを見回した。

「ステーションの連中と話がまとまった。

列車は明日にでも発車できる。」

街の冒険者たちは明らかに安堵したような表情を見せたが、列車で移動中だった冒険者は何がなんだかわからず、顔を見合わせた。


「ほう、これは面白い。」


一人立ち上がったのは、元布問屋の隠居と称する前ロデリウム公爵だった。


「線路を壊した、という話自体が、作り物だったということですかな?」


「おや、誰かと思えば、峠の茶屋であったおじいさんかい?」

女は、面白そうに、彼やアキルたちをながめた。

「元気のいい黒髪も拳士もご一緒かい?」


「つまり、あんたが『白狼団』の団長、キッガさんだったと。」


「質問の多いおじいさまだ。その通りだよ。だったら、どうする?」


「捨て置ませんですな。この街と駅は、あんたの遊び道具ではない。」


キッガが片手を上げると同時に、背後の部下たちが剣の柄に手をかけた。

よく訓練されている。

ジウルや前ロデリウム公など、見るものが見ればわかった。


警備の兵などでは相手にもならんな。


ゆら。

と、クローディアがその間に割って入った。


「邪魔をするのかい? 冒険者なんだろ? 依頼料もなしに体を張るのはやめなよ。」


「いや、ご老公。まだまだ幕引きには、間がありそうです。」

クローディアは重々しく、ご老公に話しかけた。

「いずれ、ここまで街ぐるみならば、エステル伯にも話を伺わないわけにはいかないでしょう?」


「ご老公!・・・・」

女首領・・・キッガの顔色が変わった。


「まさか!・・・」

「前ロデニウム公爵閣下だ。キッガ殿。」


「い、今はなんの権力もない。」

キッガは胸をそびやかせて、笑った。無理矢理笑ってみせた。

「聖教会から目をつけられて、公爵家からは、後継の後見すらできずに追い出されたも同然の旅暮らし。何かやれるものならやってみるがいい。」


「クローディア大公閣下・・・」

ご老公は、困ったように言った。

「正体をバラす楽しみを、老人から奪ってしまっては困りますな。」


「これは失礼を。」

クローディアは笑った。


「く、クローディア大公・・・・!!」

再び、キッガの顔色が変わる。


「ミトラに行く途中で、な。」

クローディアは、両手を差し上げた。とりあえず、剣を抜く気はない。そういうポーズである。

「あれと、正式に婚姻をすることになったので、聖光教会にその報告をしに向かうところであった。」


「あれ」は、部屋の隅で、闇姫と共に酔い潰れていた。

ウィルニアは甲斐甲斐しくその看護をしていたが、わけのわからないトーガもそうすると治療師に見えてくるから不思議である。


「アウデリア・・・・」


「明日にでも伯爵の元へ参上し、ことの顛末をお聞かせいただこう。今回が初めての案件でもなさそうだし、な。」


キッガは唾を吐き捨てると、そそくさとギルドを後にした。

ジウルが、うっそりとクローディアの後ろに立つ。


「伯爵と義理の娘が連んでることは間違いないんだろうが。」

頭をガリガリとかきながら、ぼやくように言った。

「いったい何が目的なんだか。」


「いずれにせよ、ギウリークの内情の一端を拝見させていただけて、恐悦至極。」


前ロデリウム公が、かなわんのお、と言いながら、にんまり笑った。


「明日は、伯爵の屋敷に参上仕りますか。ご老公もご一緒に?」


「わしはわしで少し確認したいことがございますので。」


二人の歴戦の勇士は、顔を見合わせてもう一度笑う。


オールべの夜は、さまざまな思惑を孕みながら更けて行った。

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