第244話 12使徒ミラン
フィオリナは、真っ直ぐに突っ込んだ。
ミトラ真流の「瞬き」に似た、俊足の移動で、巨大な火炎球を切り裂く。切り裂かれた火炎は、まるで強風にかき消されたかのように消滅した。
そのまま、くるりと体を回して、今度は床に伸びた黒い顎門を両断した。
「まあ・・・待て!」
相手が誰かも知らずに
「争いごとは良くないぞ! ここはわたしが預かろう。双方ともに刀を引け!」
事情もわからずに。
「どうしても嫌だというなら、このわたしが相手になろう!」
あんたたった今、争いごとは良くないとか言ってなかったっけ?
全体に光量不足なのは、世界を造った者のイメージが、そうだからだ。
閉鎖された部屋の明かりは、ランプであろうと魔法灯であろうと、こんなもの。部屋の隅々までは光は届かず、まるで黄昏に落ち込む寸前のような、仄暗い世界になる。
電灯が一般に普及しつつあるランゴバルド出身の魔法使いならば、また違うイメージを描けるのだろうが。
ぼくは、フィオリナの隣に降りたった。
対峙する影は三対一。うち一人はこの世界を維持するのに集中していたから、実質は二対一だ。
どちらもフードのついたマントに身を包んでいたが、何処か見覚えのある意匠だった。
「何者だ?」
三人組の一人が叫んだ。うん、もっともな質問だね。
「魔法学院に入学予定のウォルトといいます。こっちが婚約者でミイシア。」
設定通りに答えてみたが、相手は混乱するばかりだった。
かわいそうに。
「名乗ったんだから、そっちも答えなさいよ!」
物分かりの悪い学生みたいな口調で、ミイシアことフィオリナが言った。
「やめろ。」
一人で対峙していた、小柄な影がつぶやくような低い声で言った。
「こちらの名前を聞いたら、もはや後戻りはできなくなる。」
「ええっと、今の段階で、結界を破って、戦いの邪魔をしにきてるわけだけど、まだ後戻りは許されるわけかな?」
ぼくは真面目に聞いてみた。
「そう言えばそうだ。」
小柄な影は、真剣に考え込んだ。
「それに、ぼくらはきみたちが何者かをそんなに聞きたいわけじゃくて、具体的にヴァルゴールの12使徒の誰と誰かを聞きたいだけだから。」
わかった、と言って、 小柄な影はフードを跳ね除けた。
人形のように整った顔立ち。銀髪を綺麗に襟足で揃えている。
まだ、少女のようにも見えた。
「それを言うなら、ボクは『12使徒』ミラン。『影遊び』のミランと言う。そっちの連中は、ボクを止めにきた異端者どもだ。」
「違う! ヴァルゴールさまの新しい教えに背いているのは、貴様の方だ! 背教者ミラン! 貴様をここで倒す!」
「わかったわかった。」
フィオリナは、これをおかずにご飯が食べれそうなほど、機嫌よさそうに笑った。
「異端者対背教者だな。面白い。見ててやるから心ゆくまでやってみろ。」
「その前に、おまえから始末してやる。」
マントの下から伸びた手は、毛むくじゃらで、鋭い鉤爪を備えていた。
「ヴァルゴールの指示で、殺戮は御法度になったんじゃないのか?」
「生贄だけだ。」
頭巾の下から唸り声が聞こえた。
「おまえらを引き裂いて、死体を刻む分には何も制限はされていない。」
「おい、待て、ヴォルード。」
さっき、火球を放った方が獣人を止めた。
「どこから、その情報を聞いた?」
「ヴァルゴールの神託のこと?」
「そうだ。おまえらは何者で、何を知っている。」
「話した通りだ。わたしたちは、今度ミトラの魔法学校に通うことになった学生で、婚約者同士だ。」
フィオリナは肩をすくめた。
「それ以上、知りたければ、力付くで聞くんだな。」
「結局、誰と誰が戦うんです?」
ぼくは、とりあえず、フィオリナと三人組のヴァルゴールの使徒どもの間に割ってはいった。
「そこから決めましょう。」
「ハリエル! なんなんだこいつらは!」
今まで、黙っていたもう一人も魔法使いに泣きついた。
「とっとと、ケリをつけてくれ。擬似空間の展開は、時間の制限があるんだぞ。」
「いや、いくらなんでも短すぎると思いますけど、この程度の空間で。
ちょっと術式見せてくれません?
ああ、そうだ。これでは魔力の無駄遣いです。ちょっと直してもいいですか。こんな具合に。」
「えっ・・・すごいな。エネルギーがはるかに効率よく回る。これから一日中だって展開できるぞ、ハリエル。」
「そ、そうなのか?」
火球の魔法使いは、驚いたように言った。
「オーバーンの空間術式は、人類に並ぶものがいないと思っていたのだか。」
確かに擬似空間の創造と維持という課題に対してはウィルニアの迷宮創造を越える術式は存在していない。
「いや、たいしたものだと思いますよ。」
ぼくは慰めるつもりで言った。
「でもこの前、深淵竜ゾールに会ったばかりなので、どうしても、比較してしまって。」
「で、どうするのだ!」
フィオリナは、三人を煽っている。
「我々は必ずしも、ミランを抹殺するために来たのでは無い。」
魔法使いのハリエルが、この三人組のリーダーのようだった。
「わたしたちの目的は、ミランさまに生贄の儀式を止めさせることです。」
「だから、止めない!」
ミランは叫んだ。
「ボクはヴァルゴールさまから、直接お話しをきくまでは、これまで通りに儀式を続ける」
「我々は、明日、ミトラを立ってランゴバルドに移住することにしているのだ。」
ハリエルは逸るヴォルードを制しながら続けた。
「説得できるのも、今日が最後となるので気が焦ってしまった。
もし、おまえたちの口から神託を告げて、ミランさまを説得できるのであれば」
それは、難しい、というか不可能だろう。
「ボクは、誰のいうこともきかない。」
ミランは、かわいい顔を歪めた。
「ひとは嘘つきだ。ボクはボクの神さましか信じない。」
「これだ。」
ハリエルがため息をついた。
「ミランさまは人の言うことを信じない。いったいどうしたものか・・・」
でも、まあアキルに頼めばいいか。
まあ、任してください。というと、ハリエルたちは、姿を消した。
同時に、構成された空間が解除される。
そこは、潰れた店の半地下室。斜め上からわずかに差し込む日差しが、割れた食器や、倒れたテーブル、ネズミのフンや死骸のころがった床を照らしていた。
ぼくたちと、ミラン。三人が残された。
「あ・・・」
ミランがこちらを見つめている。
仲間になりたそうに。
え?
「いいな・・・おまえたち・・・」
とことことビスクドールが近づいてきた。ぼくの顔やフィオリナの胸を容赦なく、感触を楽しむようにたたきまくる。
「うん・・・すごく、いい。人間の身体なのにぜんぜん、人間の感じがしない。
なんで人間のフリをしているの?」
「人間なんだけど?」
「会ってからいままで、人間のするようなことをひとつもしていない。」
ミランはうれしそうに、フィオリナに抱きついた。
「まるで、神獣の創造物のように動き、戦い、魔力の比較は古竜と行い。なにをするにもまったく人間を基準にしていない。
まえに、神獣ギムリウスの創造物だという化け物とつきあってたことがある。あれよりも全然、人間の感じがしない。」
今度は、ぼくに抱きついた。身体の温もりは人間の女の子に間違いないのだが。
彼女の精神はいったいどうなっているのだろう。
「おまえたちの話だったらきいてもいい。」
ミランは、うれしそうだった。
「ボクのうちに招待したい。ヴァルゴールさまの話をききたいのだ。いいかい?」
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