第243話 ルトとフォオリナは偏屈ものと出会う-1

繁華街から、逃げるように足を踏み入れた学生街に、ぼくらはがっかりした。

この地区には、いくつかの学校が固まっている。その周りを学生が下宿するような食事付きの安いアパートが並んでいる。


昔見た絵葉書のままの光景。


だが、あまりにも汚い。漆喰は剥がれ落ち、大半の建物では、扉すら腐って落ちている。そしてそれを修理もせずに放置しているようだ。


歩道にせりだして、テーブルを並べ、そこで食事やお茶をだしている店が何軒かは、あったが、客層はさきほど、叩きのめしたチンぴらと似たりよったりで、フィオリナが通るたびに口笛を吹かれた。


「よお! かわいい兄ちゃん、いっしょにお茶しようぜ!」


ごめん、いまのはぼくへ、だった。


「どうする?」


顔を見合わせて、ぼくらは困惑した。


どうしょうもなかった。特にすることも。

ぼくらが通う設定になっている魔法学校はこのもう少し先だったが、もとより、そんな予定はないので、行ってもしかたない。


「見学でもしていこうか?」

フィオリナが言った。

「たぶん、王立学院で中等部のころに習ったメイベル先生が、ここの教授に招聘されてるはず。話せば見学くらいはさせてくれるでしょ?」


ぼくは、首を振った。

。」


「そうだった。」フィオリナは鼻の上にしわを寄せた。「便利だと思ってたけど、意外と不便なところもあるわね。」


「そうだよ。親しい知り合いには特に注意しないと。むこうは、ぼくらをルトとフィオリナによく似てる別人としか認識しないんだから。」


「でもきみは、しっかり父上にも受けがよかったし、わたしもあなたを好きになったけどね!」


「なんとなく、ひと目で惹かれる相手っていうのはあるのかもしれないよ。例えばミュラ先輩はどう?」


「ああん?」ジロリとフィオリナは上からぼくを睨んだ。フィオリナのほうが少し背が高くて、彼女はそれを有効に活用してくる。「あなたとドロシーがなんだって? それともリアと?」


「どっちもノーだな。ドロシーはマシューの腰巾着の嫌味な魔法使いだったし、リアは、色仕掛けでぼくをたぶらかそうとした下級生だ。」


(リアのそれは実は、クローディア公爵家の暗部が仕掛たものだったが、そこまで丁寧に説明する気は、フィオリナにはなかった。)


「なら、なんであそこまで肩入れするの?」

「なんだろう? なんでフィオリナは、ミュラ先輩をそこまで面倒見る?」

「わたしに合わなければ、別の人生があったから、かな。」

フィオリナは答えた。

「わたしが捻じ曲げてしまった運命ならば、せめてより良き方向へ。この話は前にもしたっけ?」


「した。二人っきりじゃなかったね。面倒見のいい真祖さまがそばで聞いてた。」

ぼくは笑った。たぶん、面倒見のいい真祖がそばで聞いていれば、なにをこいつらは、と呆れただろうが、これはこれで、ぼくらにとっては幸せな時間だった。



「それにしてもなんて、街なんだろう。」

フィオリナがつぶやいた。

ぼくも同感だった。


今度は街のごろつきや、半グレ冒険者ではない。

本物の魔法師。しかもかなりの手練同士の戦いだった。


フィオリナは、やる気になったぼくを見て、苦笑いしている。

そう、無視して、回れ右をするという選択肢もあるのだ。

だが、なんというか。

そっと、回れ右をするには、ストレスがたまりすぎていた。


タン。


フィオリナが地面をけった音。

魔力を循環させて、筋力、瞬発力を高める。一流の戦士ならばまず、やってのける技。

だが、練度が違う。通りを歩くひとからは、フィオリナがかき消えたように見えたはずだ。


風の魔法を併用して、まわりへの衝撃波は最小限に。


ぼくは、ヨウィスの糸を投げた。

バルコニーの手すりにからんだ、糸で身体をひきあげる。屋根から屋根へ。ジャンプ。距離をショートカットで縮めようという目論見だったのだが、屋根のうえで、フィオリナと再会した。


考えることは同じだ。


「あそこだな。」

ぼくはなんの変哲もない街頭に目をこらした。

「閉鎖空間を展開してる。入り口はあの、つぶれた店の通用口だ。」


先行する。


とだけ、言ってフィオリナの姿はぼくですら視認できないスピードでかき消えた。

風の魔法をフルに使うとそうなる。

加えて。今の彼女には、先だっての戦いのあとで、リウからもらった剣があるはずだった。


属性は「風」

彼女の得意とする魔法の属性のひとつだ。


ちなみに最も得意なものは「破壊」だったが、それを満たす剣は、いまはリウが佩いている。


戦いは一対多だ。ちなみにどっちに味方するかも決めていない。


疾い。

もう、店の入口にいる。抜いた手はまったく見えない。もう。一人で腕をあげてるんじゃないよ。


切ったのは、物理的な「なにか」ではない。「こちら」と「そちら」を隔てる障壁だ。

たとえば、それは次元竜のニフフが使ったような閉鎖空有を破砕するものに似ている。

だが、フィオリナの一閃は、はるかに繊細ではるかに鋭利。


まわりの空間にわずかなそよ風のみを残して、フィオリナは、そしてぼくは、その空間に飛び込んだ。




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