第242話 使徒ゴウグレ、使徒を狩る
それでは、わたしたちでミランを探して捕まえてきます。
そう、宣言したギムリウスに、侯爵は不安そうに言った。
「頼む。しかし、本当に兵を出さなくて大丈夫なのか?
冒険者ギルドから腕利きの冒険者を応援させることもできるのだぞ。」
ギムリウスは、侯爵が好意で言ってくれているのだとわかった。
どう言って断ろう。冒険者には黄金級、銀級いろいろ会ったが「試し」をしてみようと思ったのは、ルトとフィオリナくらいだった。
正直に言うと足手まといになる。
「わたしたちだけで大丈夫です。」
ゴウグレが言った。
「しかし・・・相手は『12使徒』だろう?」
ギムリウスが本当にランゴバルドの銀級冒険者だったとしても、それは転移能力と治癒能力に特化した存在なのだ、と侯爵閣下は理解していた。
果たして、恐るべき12使徒を相手に戦えるものなのか。
「わたしも12使徒です。」
ゴウグレがそっけなく言った。
そ、そうだ。目の前の可愛らしい少年もまた、ヴァルゴールの12使徒の一員なのだ。
侯爵はその言葉の意味に慄然とした。
もし、彼らの言うとおりヴァルゴールの使徒がそれほど危険なものでなくなったのならば、ひょっとすれば竜人に匹敵する戦力を囲い込めるかもしれない。
「ゴウグレ君は、『踊る道化師』ではないのだね。もし、我が侯爵家に仕える気があるのなら・・・」
「無理です。」
ゴウグレはまたもそっけなく答えた。
「わたしはギムリウスさまの命令以外ききませんので。」
侯爵閣下の理解は次のようなものだった。
おそらく辺境の蛮族である彼らは、神獣ギムリウスの血を宿し、もっともその血を色濃く現したものを族長にするのだろう。
ギムリウスとゴウグレは血縁関係があるものの、よりつよく蜘蛛の特徴を体に現したギムリウスが立場が上なのだ。
ギムリウスたちは夜を待った。
あまり目立ちたくはなかったし、もし戦闘になっても人手が少なければ被害少ない。
ひゅんっ。
投じられた蜘蛛の糸が、建物の張り出し窓に絡みつく。
そのまま、振り子のように自分、体重で建物から建物に飛んでいく。
次の適当な建築物を見つけて糸を投じた。
彼らの糸は、粘着をもたせたり、あるいは伸縮も、自在だ。同時に複数の糸を使うことで、角度を変えたり、空中に静止もできる。
ヴァルゴールことアキルの発案で、ゴウグレが考案した移動方法だというが、ギムリウスはすっかり気にいった。
僅かな風の魔力を併用すれば、下手な飛翔魔法より安定はいい。
魔力の消費が極小ということは探知されにくいという利点もある。
もちろん間違って地面や壁に激突しても、致命傷にならない彼らだからやれることなのだが。
蜘蛛の一種にこういった移動方法をとるものがいることは、知っていた。
せっかくギムリウスが丹精込めて作ったヒトガタがもったいないような気もしたが。
それにしても。
と、ギムリウスは思う。
なんでこんな変な模様のボディスーツを着ないといけないのだろう。
「居場所はわかっているのか?」
ギムリウスは、尖塔の上で当たりを見渡すゴウグレに尋ねた。
「前に住んでいたところから動いていないはずです。」
ゴウグレは即答した。
「引きこもり体質の奴にとっては引っ越しは、現世から輪廻に至る時に一度するのが精一杯のはず。」
「・・・ゴウグレ・・・ひょっとしてお前はそいつを知ってるのか?」
ゴウグレは、しぶしぶ、といったふうに頷いた。
「一時、交流がありました。確かに人嫌いでありましが、私がどんなに非人間的な行動をしても『個性』として、許容してくれたのです。」
「非人間的な行動・・・・うっかり食器を食べてしまったりか?」
「そんなバカな過ちは致しません!」
「そうだな。」
ギムリウスはちょっとしょげた。
「食器を食べてしまうはバカで愚かだな。」
それにしても、ならばなぜ、ゴウグレはミランと仲違いをしたのだろう。
「誕生日のプレゼントをあげたら、そんな行動はあまりにも人間的だと、非難されました。
それ依頼、会っておりません。」
これは友人同士の喧嘩ではないのだろうか。
人間をよく知るギムリウスは、そう考えた。ならば、ここでまた戦うのはあまりにも。
建物は、この街区は一段と古びていた。
高さもせいぜい、4階建程度。
いるな。
強い魔力を持つものの存在というのは、隠し難いのだ。ある程度接近してしまえば、こんなふうに。
いや、強力な魔力を感じる個体はもう二つ、いた。
ゴウグレとミランを会わせる前にそちらを排除すべきだろう。
このままなら奇襲できる・・・・
「貴様らっ!」
突然、ゴウグレが叫んだ。
「駆逐してやるっ! この世から一匹残らず!!」
「なんなのだ今のは? どこの民族に伝わる戦いの雄叫びなのだ?」
「わたしにもよくわからないのです、主よ。」
ゴウグレがすまなそうに言った。
「ただ、ヴァルゴールさまがいうには、この方法で移動してから、戦う時にはそういうふうにいうものだ、と。」
ゴウグレの一連の奇矯は、ヴァルゴール云々よりも、アキルの異世界知識によるものだ、というのはギムリウスにもなんとなく理解できた。
だとすれば、異世界とはなんと恐ろしいところなのだろう。
平凡で常識の通じるこの世界に生を受けたことを、ギムリウスは神に感謝した。
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