第241話 蜘蛛は名探偵には向かない
ゴウグレは、アキルから聞いた中途半端な異世界知識を持って捜査を開始した。
まず、彼は、アライアス侯爵邸の使用人に聞き込みを始めた。
誘拐が行われた時間と、各人その時間帯の動き、そう、要するにアリバイがあるかどうかの調査を徹底的に行ったのである。
・・・・もともと、侯爵家の嫡男ヘルデは、通学の帰り道に誘拐された訳なので、これは全く無意味であった。が、アキルの愛読していたミステリーは、アリバイ崩しと密室殺人モノが多かったので、「捜査」というのがそういうものだという間違った認識のまま、ゴウグレとギムリウスは突っ走り、偶然の産物で、使用人の中に、ヘルデのスケジュールを流していた者を見つけて、侯爵に突き出した。
だが、給仕の仕事をしていたその使用人は、ほんの遊び心でヴァルゴールの集会に顔を出しただけの下っ端であり、参加者の身元などは一人も知らない(これはギムリウスが蜘蛛を寄生させてからの答えだったので本当だと思われた)ため、捜査はそこで行き詰まった。
「この短期間で、よくここまで成果を上げてくれた。」
とゴウグレとギムリウスは、侯爵閣下からお褒めの言葉を賜った。
「あやつは、厳罰に処す。息子の命が無事だったので、死罪だけは許してやるが、終生、水没鉱山での強制労働をさせる。」
水没鉱山とは、アライアス侯爵家が所有していた希少金属を算出する鉱山であったが、文字通り、坑道の大半が水没しており、そこに潜って採掘をするという、労ばかりかかって身入りの少ない鉱山だった。
それを聞いたギムリウスは、湧水を汲み出せばいいのに、と思ったが、特に意見はしなかったので、アライアス侯爵家の鉱山の改良はずっとのちの話となった。
「人を捧げる儀式には使徒が必要です。一般信徒だけではできません。」
「つまり、その使徒を捕まえることが必要だな。」
ギムリウスは言った。
「先だっての騒ぎで集まった使徒が全てではない、ということか。」
「その通りです。ギムリウス様。」ゴウグレはそう言ってからわざわざ言い直した。「よいところに気がついたね、ワトソン君。」
「12使徒だけでも全員ではありません。まだまだ強力な力を持つ使徒はたくさん残っていますが、それを全てしらみつぶしにする必要はないのです。」
「それはそうだ。」
ギムリウスは頷いた。
「ミトラにいるものだけを調べればいいのだからな。どのくらいいる?」
「さすがに『使徒』はそう多くありません。せいぜい50名ほどかと。」
結構いるんだな。
アライアス侯爵の顔色はよくない。
「それを調べるのにはどのくらいかかる?」
「全員を調べるって? そんな必要はないだのよ、ワトソン君。」
ちょいちょい挟んでくるワトソン君が気になったギムリウスは、今度ワトソン君が出たら、殴ろうと決めた。
「この前のランゴバルドのフェスは」
フェス?
「なにしろ、大きなイベントでした。参加した使徒の数も空前絶後。」
それはたしかにそうだろう。信仰している神さまが自ら肉体をもって降臨してしまうなど、そうそうあっては困る。
「たとえ、その日、その場にいなかったとしても、そこで、語られたことが使徒、信徒に伝わっていないはずがありません。伝わっていないとすれば、周りとの接触を絶ったとんでもない愚かで頑固な引きこもり野郎です。」
生贄を捧げる邪神教団の幹部にいまさら、頑固だの引きこもりだの些細な欠点のような気もするが。
「ヴァルゴールさまより、下されたのは決定的な命令です。わたしたちはもう生贄を捧げる必要はなくなったのです。
それでもまだ、生贄の儀式を執り行おうとしたということは、その使徒が集会にも出てこない。連絡を取り合う知己さえいない、伝令も無視するど阿呆だということです。」
「なるほど、そうすれば相手は絞れそうだな。」
ギムリウスはちょっと感心した。ゴウグレに知性を与えて創造したのは他ならぬ、ギムリウス自身だったから、これは嬉しかった。
「該当の使徒は一人しかおりません。」
ゴウグレは、周りを(と言ってもここには侯爵とギムリウスしかいなかったが)を見回して言った。
「12使徒『影遊び』のミラン。こいつに間違いありません。」
「見事だ! 素晴らしい推理だ。ゴウグレ!」
「なあに。」
ゴウグレは可愛らしい顔で、精一杯格好をつけて微笑んだ。
「初歩的な問題だよ、ワトソン君。」
やっぱりギムリウスは、ゴウグレを殴る事にした。
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