第240話 仄暗い街角

「クックック・・・・噂に聞くアウデリア。思ったほどではないのお。」

目はうつろ。口元から涎を垂らしながら、銀灰皇国の「闇姫」はつぶやいた。


「何を抜かす。まだまだこれからだぞ?」

言い返したアウデリアが話しかけているのは、酒場の隅に置かれた観葉植物の鉢植えだった。


「何をやってるんだ?」


ご老公を伴って帰ってきたクローディアは呆れたように、その様子を見やった。


「飲み比べだそうだ。」

ジウルの前にも酒の入った土瓶が置かれている。とはいえ、こっちは適量だ。

冒険者ギルド「紫檀亭」はなかなかの賑わいを見せていた。

足止めを食った列車の乗客には、相当数の冒険者も含まれていたのだ。


ギルドはここだけではないから、適当に分散もしているが、それでも街中の居酒屋、宿はとんでもないぼったくり価格になっているから、

冒険者たちは、とりあえず、まともな値段で飲み食いができるギルドを選んだ。


アキルなどは浮かない顔である。

これだけ混んでしまうと、流石にワガママは言えず、オルガやジウル、ドロシーと同じ部屋にさせられてしまったのだ。

人間としての自分は、男女の営みなどには興味津々のお年頃のはずなのだが、なんとなく嫌悪感を抱いてしまうのはヴァルゴールと一つになったせいだろうか?

いや、ヴァルゴールとしての自分は、むしろ、そちらにはガッツリ興味がありそうだった。

つまり、これは。

と、アキルは結論づけた。

そいうことは覗き見しちゃいけないという人間としての常識と、見たくて見たくてしょうがないヴァルゴールの意識とが葛藤を起こしているのだ、と。


受注カウンターの前には、こんな夜更けにも関わらず、人だかりができている。

「ウロボロス鬼兵団分遣隊」を名乗る一団が、カウンターの前に陣取って、列車運行を妨げる賊の討伐依頼を出せと詰め寄っているのだ。

賛同する冒険者たちも周りを取り囲んみ、ちょっとした騒ぎになっている。


クローディアが近づくと、ウロボロスのリーダーらしき男が気がついて、直立不動になった。

「こ、これは閣下、いえ、陛下。

グランダでは大変お世話になったと聞いております。この度は」

いろいろ噂はきいているのだろう。

しかし、酒場の隅で鉢植えと一緒に唄っている奥方をみて、結婚おめでとうございます、とも言いがたかったのかもしれない。

「ああ・・・その」

「まあ、あれはあれのペースで暮らして貰えればいい。」

それ、は諦めてあるクローディアは、そのまま、カウンターの男に向き直った。


「お主がこちらのギルドマスターか?」     

「は、はい。あ、えー」

「クローディア大公陛下だ!」

ウロボロスの分隊長が低い声で叱責した。

「なんで、そんな偉いかたがここに」

「列車が止まったせいで足止めを食ったからに決まってるだろうがっ」

ウロボロスの分隊長は、鬼の形相である。

「オールベは、足止め客の落とす金でかえって潤ってるかもしれんが、わかってるのか?

魔道列車の運行を妨げられ、それを放置することが国家にどれだけの損害を、与えているのか。」


「まあまあ、あんまりギルマスを困らせてくれるな。」

地元の冒険者らしき、禿頭の剣士が立ち上がった。

「白狼団は、全部て50人からいる。人対人の戦闘だ。やりあえばこっちにも犠牲がでる。

まして、だ。」

禿頭の男は大袈裟に両の手をあげた。

「どこからも、討伐依頼がかかってねえんだ。

国家の損害だ?

そんなもんに、命をはれるかよ!」


そこここから聞こえる賛同のつぶやきは地元の冒険者のものだろう。


ギルマスも、ほっとしたように続けた。

「それほどご心配いだだかなくとも、明日にはやつらから、請求が回ってまいります。鉄道側が幾ばくかを上納すればすぐにでも出発できますので。」


「それで。よし。とするのですかな、皆さんは。」

凛とした声は、さきほどクローディアが、連れ帰った老人のものだった。

「賊に金をむしり取られて、魔道列車も止められて、それでよしと。」

「じいさんよ。」

ハゲがため息をついて顔をふった。

「世の中にゃあ、現実って重いものがあるんだよ。

この中じゃあ、対人戦闘が一番得意なのは、このウロボロスさんたちだ。だが。それでも自分たちだけで白狼団の討伐に行くとは言わねえだろ?

たかだか六名ばかりの分隊じゃあ、50はいる同じくらい訓練された連中の相手にならねえからだ。

要するにそういうこった。わかったら大人しく飯を食って寝ろ。」


ドロシーは夜風に当たりたくて、外に出た。

ジウルも明らかにこれから起こるであろうトラブルを楽しんでいる。

自分はそうはなれない。

戦いなんかなければないほうがいいに決まってるのだ。


ランゴバルドの電化生活になれたドロシーの目には、オールべの魔道の灯りによる街灯はとても頼りなく見えた。


ジウルは。

とんでもない魔導師なのだろう。拳士としても天才だ。たぶんそして、男としても。

体のなかに甘い疼きが、走るのをドロシーは恥じた。

尊敬できる人物で、しかもマイペースなところも私生活がルーズなところも閨のことまで、ドロシーと相性がびったりなのにも関わらず。

価値観がまったく合わない、などということがありうるのだろうか?


「うかないお顔だねえ。」

闇の中。実際には外灯は柔らかな光を落としていたが、突然話しかけられたドロシーは飛び上がった。

「ぎ、ギンさんですか?」


「そうだよ。」

「お宿とかお食事は大丈夫でしたか?

あれから、結局わたしたち、治安局と乱闘騒ぎになって。闇の傭兵さんとアウデリアさんが無茶苦茶したもので、建物が壊れちゃって。」


「ドロシーさん」

ギンは大げさにため息ついた。

「あんたはそういうことには、向かない子だねえ。」


ドロシーは黙った。

たしかにそう、だ。向いていなくても人は必要ならば戦える。だがせめて身近なひとには、わたしが「向いていない」ことを、わかって欲しかった。


「あんた、あたしたちと一緒に来るかい?」

「え、あの芸事はわたし、もっと無理かと」

「うーん、ボケたふりをしてるのか、本気なのか。

当然、もう1つの、稼業のほうさ、ね。」


あれは、仕掛け屋という殺し屋の一味だ。

ジウルは彼女にそんなことを言っていた。そのとき、ジウルは彼女おへそを舐めていた。

もっと敏感な別の部分に、舌と唇が移動するまでの短い時間での、会話だったが。


「あたしらは、ひとを殺めてお金をいただいている。はたから見りゃあ、外道だろうさね。でもあたしらにしてみりゃあ、ただ金をつまれりゃはいはいと仕掛けを、請け負ってるわけじゃあない。」


ギンの顔がすうっと闇に溶けた。

いや外灯の下から移動しただけだったのだが。まるで魔道の技でも使われたようだった。


「世の中にはひとを恨んで恨んで恨んで。どうしょうも、なくて死んでいく者がいるのさ。

そんな恨みを晴らしてやるのがあたしらの仕事。同じ涙をまた流さないようにね。」


声が遠くなる。


「返事は急がないからよくお考え。

あんたにゃあ、あのジウルって男は向いてないよ。」


ルトに会いたいなあ。ドロシーは思った。

ランゴバルドは闇の中に沈んで、遥かに遠い。

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