第239話 デートには向かない街
ぼくは、フィオリナのすらりと伸びた脚が、蹴った先から軌道をかえて、男の側頭部に叩き込まれるのを見守った。
一撃で意識を刈り取る蹴りだ。
命まで刈り取らないのは、それでも彼女が自分を抑制しているのだろう。
言い訳をさせてもらうと、銀級冒険者「踊る道化師」のリーダー、ルトとか、あるいは北のグランダの王兄ハルトとか、呼び方はいくつかあるが、要は、ぼくは、まだ16歳であった。
いくら魔力が高かろうが、たくさんの書物をあさっていようが、料理のレシピより簡単にあたらしい呪文を開発できようが、要は生きた分の経験値しかない。
わからないことはわからない、知らないことは知らないと言える素直な自分でありたいとは心がけているのだが、間違えて覚えてしまったことを訂正するのは自分でも容易ではない。
たとえば。
すらっとしていて、お尻と胸があんまりボリュームのない女の子が、きれいな脚をしていたら、それは敵を蹴っ飛ばすためにある。
とかいう思い込みである。
これまでは具体例をフィオリナしか知らなかったのだが、二番目に出会った「お尻と胸があんまりボリュームのないきれいな脚の女の子」がドロシーだったことが、ぼくの勘違いに拍車をかけた。まあ、今のところ、実害がないと言えばないのだが、今後、「踊る道化師」に志願してきた女の子が「すらっとしていて、お尻と胸があんまりボリュームのない」タイプだったら、まず問答無用で蹴り技の修練から始めさせるかもしれない。
それはさておき。
この日、ミトラの魔法学校に入学予定のウォルトとミイシアこと、ぼくとフィオリナは久しぶりに二人きりのデートを楽しんでいた。
理由は簡単で、あまりにもぼくがラウレスと、フィオリナがエミリアとべったりしすぎるので、いくらなんでの最初の設定「入学に先立って住む場所を探しに来た」という設定がめちゃくちゃになりつつあるので、ここらでひとつ、それらしい行動をしておかないわけにいかなくなったからだ。
二人きりでどこかに出かけるのは、久しぶりのことだった。
どこに出かけようか。微妙に悩んでから、ぼくらは嘘の設定通りに、学生街にむかったのである。
ホテルからは徒歩で、30分ばかり。
ランゴバルドのような路線馬車はミトラでは、発達していない。歩くことについては別にどちらも嫌ではなかった。
だが。
フィオリナのきれいな脚が翻って、男の顎を跳ね上げた。
これも意識を失って、倒れたままピクリとも動かない。
ぼくが、もうなんだか嫌になってフィオリナひとりに暴漢退治を任せているのかというと。
まだ、学生街まで着いてすらいないのに、からまれるのがこれで三回目だからだ。
ラウレスとの移動は専用の馬車だったし、エミリアとフィオリナは、移動のときはちゃんとボディガードがついていたらしい。
それにしても、ここは西欧の強国ギウリーク聖帝国の首都ミトラのはずだ。
時間は夜でもない。怪しげな通りや貧民窟でもない。
それなのに、いやに寂れた雰囲気がある。道端にすわりこんで動かない連中が、歩いて移動するとやたらに目につくのだ。
そして。
暴漢のひとりが振り上げた短剣に、ぼくが投げたヨウィスの糸が巻き付いた。先端には小さな重りがつけてある。くいと引いてやると、短剣が根本から折れた。
呆然と、柄だけになった短剣を見つめる男の、腹につま先を叩き込んだ。
「これで5人・・・と。」
遠巻きに見守る仲間らしき連中はまだ、いる。だが、もう仕掛けてはこないようだった。
ここになってようやく、治安隊と思しき、一団がやってきた。しかし、それらしい腕章はつけているものの、制服もきていない。装備もばらばらでまるで、街の治安維持を冒険者にでも依頼しているかのよう・・・・
で、そのとおりだった。
「グランダから来た?」
こちらも柄の悪さでは、からんできたチンピラと大差がない。
「はい、わたしはミイシア。こっちは、婚約者のウィルトです。こちらの学校に留学するために来ました。」
ロクに話もきかずに、舐めるような目つきで、フィオリナを上から下まで眺めていたリーダー格は、おもむろに
「そんなガキはほっといて俺と遊ばねえか?」
「は?」
一応は治安部隊のはずだが?
さすがに眉をひそめるミイシアことフィオリナの腕をつかもうと、伸ばした手をぼくが抑えた。
「おい、なんだよ。この手は。」
「ミイシアから手を話してください!」
ちょっと声を震わせるのがコツである。笑うな、フィオリナ。
「俺たちは鉄級冒険者『鉄獣の轍』。俺がリーダーのケルガ。ここいらの治安を任されてるんだが。」
手首をつかまれたままの手をぶらぶらさせて、ぼくを嘲笑った。
「なんなら、このままタイホしてやってもいいんだぜ。牢の中でおまえも女もかわいがってやるよ。」
この街区がたまたまなのか。いや最新の設備のホテルをたてるのにわざわざ、治安の悪い地域を狙ってたてるとは思えない。
ラウレスは、もともとこの街での暮らしが長い。おまけに人の暴力行為など歯牙にもかけない。(忘れているかもしれないがあいつは人化した古竜だからね!)
エミリアは、言い方は悪いが裏社会の人間だ。だから彼らにはわからなかったのかもしれない。
いくらなんでもこの街の治安は酷すぎる。
「まあ、隊長さんって怖いです。」
にこやかにわらって、フィオリナがケルガ隊長どのにすり寄った。あっさり鼻の下を伸ばす隊長どの。
「そんなあ、怖い顔しないで? ね?」
ぼくも真似をしてみたが、フィオリナに睨まれた。なんで?
フィオリナがこいつをどうするつもりだったのかは知らない。
だが、ぼくはこういうときに役立つ精神支配系の魔法をいくつか造ってある。
ケルガ隊長の顔を下から覗き込む。目があって瞬間にケルガの顔がとろけた。
そのままよろよろと遠ざかる。
手下共が(こいつらをパーティメンバーとは呼びたくない)あわてて後を追った。
「なにをしたの?」
「幻覚魔法。やつは今、やかんを火にかけたまま、家を出かけてしまったという幻覚に襲われている。」
「くだらないけど、役にたちそう。今度教えて。」
今度こそ、なにもないだろう。
そう思って、学生街に急ぐ。帰りは絶対に馬車を拾おうと誓いながら。
もうこれでないだろう。街道を旅していて盗賊に出くわすというイベントがそうそう続くわけではないだろう。
だが、別パターンのイベントがもうひとつあった。
襲われてるお姫様を助けるイベントだ。
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