第246話 ふたたびギムリウスと戦うということ
「通路はここから、ここのライン。つまりそこに落ちているものは踏んでも構わない。」
12使徒のミランは、学生用のアパートを丸ごと一棟、借り切っているようだった。
ただ、一見、隣の廃墟になったアパートとあまり、見分けがつかない。
外壁はボロボロで穴があいているところを、適当な板切れを打ち付けてふさいでいる。
「ボクは、人間のする整理整頓というものを嫌悪しているので、入口は入りにくいように、特に乱雑にしている。奥の居間は、もう少しマシだ。座るところもある。人間の食べるものも飲むものも用意してある。」
それから、ちょっと不安そうに言った。
「人間の食べ物でいいんだよね。」
「ミランがわたしたちをどう思おうが自由だが、わたしたちはおまえが大っ嫌いな人間だぞ。」
「ボクに正体をしゃべりたくないのは仕方ない。」
ミランはすこしつまらなそうに寂しそうだった。
「もし、爵位持ちの吸血鬼だとしたら、ボクの血を吸ってもらってもよかった。」
「いや、爵位持ちではあるが、吸血鬼ではないのだが。」
「まさか、真祖!!!」
「いや、真祖吸血鬼なら、ひとり」
・・・ぼくは、一人が二人になっているロウとラウルを一人とカウントするのか、二人とカウントするのか迷いながら言った・・・
「ひとり知ってるけど、わりと面倒見のいいお姉さんですね。」
「言うことがいちいち、人間っぽくない。」
ぼくの答えにうれしそうに、ミランが言った。
「すわってすわって。飲み物は水でいいよね。」
ミランは手から、グラスか花瓶かよくわからない陶器にどぼどぼと水を注いだ。
ミラン自身もマントの下は、かわいそうなほどのボロで、素肌がところどころ見えていた。
その伸ばした手を痩せていて、骨も皮だけ。下着もつけていないので、大きく開いた胸元から乳首が見えた。女の子だ。
見かけの年齢は、ぼくらよりすこし下に見えるが、実際の年齢はどうなのだろう。なにしろ邪神ヴァルゴールの「12使徒」なのだ。
そんなことより、手を洗ってないのが気になった。
「ヴァルゴールさまがもう贄はいらないとおっしゃったのは本当?」
ミランは、カップをぼくらにすすめてきた。もてなす気があるのだ、驚いた。
座ったソファは、なんだかただの木箱のうえに布をひいただけのような気がした。
「本当かどうかは本人に聞くといい。」
フィオリナが言った。
「ヴァルゴールさまと直接、交信ができるということなのか。」
ミランは、考え込んだ。
「あいつらは、ヴァルゴールさまが自らの肉体をもって、地上に降臨されたと言っていた。」
「それについては、なにも言わない。」
フィオリナは、そっけなく言った。
「たぶん、近いうちに会えるから、勝手にきけ。」
「ううう」
ミランはふるふると身体を震わせた。
「邪神を友達扱いしている。人間じゃないこいつら。」
どうも、ぼくらはこういうのに気に入られる傾向があるようだ。
ギムリウスもラウルとロウも、リウもリアモンドもそうだった。
ほんのすこし前のことをぼくは、懐かしく思い出していた。
そのとき・・・・
「貴様らっ! 一体残らず駆逐してやるっ!」
なんだこれは!
念話と声による大音声。言葉の意味は若干不明だが、強大な魔力の持ち主による戦いの宣言。
どうやって気づかれずにここまで、接近できたのだろう。
「あれ?」
ミランが天井をむいた。
「あれ? ゴウグレ・・・と、だれ?」
「ギムリウスだ。」
フィオリナが、匂いをかぐような仕草でいった。
「仕掛てくるぞ。」
轟音とともに天井が砕けた。
ミランのアパートを一撃で瓦礫にかえる。攻城用の破砕槌を思わせるそれは巨大な蜘蛛の脚だった。
フィオリナの竜巻が、瓦礫を吹き飛ばす。ぼくは、しっかり彼女に抱きしめられていた。
ぼくの手はミランの手を握りしめていた。
そのまま、空中に舞い上った。
日はすでに落ちて、魔道の灯りが灯る街並みを下に見ている。電化がすすんだランゴバルドの街を見慣れたぼくには、それは薄暗く、頼りないものに見えた。
衝撃波は、空気の障壁が上空に拭き上げていく。
ギムリウスが召喚した彼女の本体は、脚一本だけだった。
それでもアパート一棟はこなごなだ。
「ボクの本、ボクのレコード、ボクの玉突きテーブル、ボクのヴァン・ゴッホ」
ミランが泣いている。
ギムリウスを学校にいれておいてよかった。
市街地戦闘の「常識」をよくわかっていらっしゃる。
「ゴウグレを造った神獣ギムリウス。」
ミランがあえいだ。
フィオリナがぼくの掴んだ指でサインを送る。
“認識阻害はきいているのか”
ぼくは彼女のお尻のあたりにまわした指で答えた。
“その通り。ギムリウスにもゴウグレにもぼくらがわからない”
“なぜ、彼女たちはここに?”
“わからない。だが、ミランを攻撃してきたということは、目的はその抹殺、または捕獲だと思う。”
ギムリウスは、歓喜していた。
ミラン以外のふたつの魔力の主は、信じられないことに「人間」だった。
ちょうど、ルトとフィオリナと同じくらいの年代の少年と少女で、ギムリウスの「本体」の一撃にも踏み潰されることなく、空中に逃れている。
これは「試し」にかけてもよさそうだった。
ギムリウスはざっくり言ってしまえば人間が好きで、人間の友だちは大歓迎なのである。だが、たいていの人間はあまりにも脆弱すぎて。
彼女に対峙しただけで死んでしまったり、精神を汚染させてしまったり、念話で呼びかけただけで彼女の意思に操られるだけの人形になってしまったりする危険が大いにあった。
試してみて、そうならなかったら、この二人にも友だちになってもらおう。
ギムリウスはうきうきしていた。
そうなったら、ルトとフィオリナにも紹介してあげよう。あの二人も他者から隔絶した能力を持ちすぎて、孤独と孤立の中で生きているのだ。同じくらいの能力のある同年代の仲間がいれば、きっと喜んでくれるに違いない。
「ゴウグレ。ミランの捕獲はおまえにまかせる。」
「はっ・・・抹殺、でなくてよいのですか?」
「侯爵は『罰を与える』と言った。ならば、生きて連れて行くしか方法はあるまい。死者に罰など与えられないのだから。」
「ギムリウスさまは?」
「わたしはあの二人に『試し』を行う。
それにふさわしい逸材だと思う。」
「御意のままに。」
二匹の蜘蛛中を舞った。
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