第236話 対決! 斧神対闇姫

こ、れ、は!


オルガは、歓喜していた。

銀級の冒険者として、西域では名高いアウデリアであったが、実際に対峙して、はじめてわかった。

こんな「銀級」があるものか。


もともと、冒険者の事情にくわしいオルガは、そこらへんの事情はよく知っている。

銀級の上。黄金級ともなれば、貴族に匹敵する待遇が受けられ、ほとんどの場合、国家の「お抱え」となる。

当然、それに伴う優遇、屋敷、年金、時には領地まで手に入るかわりに自由な移動などは、ままならなくなる。

場合によっては、国家間の紛争に駆り出されることもある。

それを嫌って、銀級に留まる冒険者も多いのだ、と。



それにしてもこれは。

オルガが使ったのは、彼女の流派で「影身」と呼ばれる。あるいは、ミトラの剣術に伝わる「瞬き」という歩法に近いかもしれない。

筋肉に特殊な刺激を与えることで、実現する、神経の伝達機能を超えた高速移動。それを繰り返すことにより、オルガの身体はいくつにも分身したように見え、斬撃もそれにともなって増える。


初見でこれをかわせたものはいない。

いなかった。

アウデリアの肩、脇腹、太ももから血がほとばしる。

浅い。


オルガのデスサイズは、アウデリアを3つの肉塊に分割するはずだった。

ということは。


“かわされた!”


恐怖と歓喜のなかでオルガは、唇を噛み締めた。突き上げる快感は、目がくらむよう。その場にしゃがみこんで自慰でもはじめたいようなその感覚を押し殺して、もう一度「影身」を使う。浅い斬撃でも繰り返せば。

どんっ


と地面がゆれた。

バランスを失ったオルガの身体をアウデリアの戦斧がおそった。な、なんだ。


身体をひねったが、肩口から血が吹き出た。

アウデリアの踏み込んだ一歩が、石の床に穴を穿っている。あの一歩が地面をゆらし、オルガの「影身」を破ったのだ。


「いいぞ、いいなあ。ぬしは!」


オルガの端正な顔が恍惚にとけている。口元からよだれがたれているのはわかったが、もう戦いの高揚感も性的な快感も彼女のなかでは溶け合い、判別すらつかなくなっている。

この頑丈そうな女を、バラバラに引き裂けば、その血をあびれば、おそらくオルガはいままで達したことのない高みに登ることができるのだ。


「二度、同じ技を見せるものではない。クロノにもさんざ、言っているのだが。」


アウデリアの衣装は、血まみれだ・・・が、傷口からの出血はもうとまっている。

彼女の治癒術式・・・おそらく自動で発動するように条件付けしているのだろう。理屈は可能だし、竜をはじめ強力な魔物はそうしている。

だが、ふつうの人間がそれをすれば、戦いにまわすべき魔力を枯渇させてしまう。

このアウデリアが、いろいろな意味で化け物なのはよくわかった。


オルガのデスサイズが、燃える。オレンジのいわゆる「炎」ではない。昏い青だ。

「本気でいくぞ、斧神」

「こんなに簡単に『本気』になれるとは、うらやましい。」

うっそり、と女傑はつぶやいた。

「周りの者たちを巻き込むぞ。」


「うん」

と、素直にオルガは素に帰って頷いた。

「そこはうまくやる。」


オルガの姿が、掻き消えた。ように、アウデリアには映った。

先程の、分身攻撃と似たような技には違いない。


ならば、地を揺らして歩法を乱してやれば。


“ そうではない”


アウデリアのカンと経験がそう教えた。

頭上に何かを、感じてとっさに体を倒した。


襲い来るオルガは三体。

建物の、壁を、柱を足場に、あの技を使ったのだ。

そして、掲げるデスサイズが青黒い炎の揺らめきをまとう。

床を転げた。今までアウデリアの体があった場所をデスサイズが切り裂く。


床は石を敷き詰めたものだったが関係なかった。


バターの塊に真っ赤に焼けた火かき棒を突っ込んだらそうなるかもしれない。

石の床が溶けている。単に高温という問題では無い。

まさに「溶かす」ことがその炎の特性なのだ。


おそらく、それは相手が盾だろうが鎧だろうが一緒だろう。

まして生身の肉体ならば。


かわすしかない。かわしつづける以外に道は無い。オルガの分身は、高速移動による賜物だ。

ならばそういつまでも続けられるはずも無い。

だが、オルガの、オルガの分身たちは、頬を紅潮させているくらいで、まだ余裕がありそうだった。


余裕が。


余裕があるのはこっちも、同じだ。


鈍重そうに見えるアウデリアの斧が神速の斬撃を繰り出す。

三つに、わかれたオルガ、その全てを斧の斬撃がすり抜けていった。


「は、ず、れ」


四体目のオルガは頭上にいた。

頭上から、真っ直ぐに落ちかかるデスサイズをかわす力はもうない。


アウデリアは上を向いてこう笑するかのように、口を開いた。

構わず、オルガは口の中にデスサイズを叩き込む。


死ぬなよ、アウデリア。

必殺の斬撃を、繰り出しながらオルガはそう願った。


ガキっ!


アウデリアの、歯がデスサイズの刃を、文字通り「食い止めた」。

だか、刃がまとった溶解の力はいかなる受けも、成立しない。

アウデリアの刃が、顎が、顔が溶け崩れはじめた。


だが、溶け切る前に。


バキキイ!


デスサイズの刃は、アウデリアの顎に噛み砕かれていた。


ぐはあ。

先にヒザをついたのは、オルガだった。

四つ目の分身は、彼女にしても限界だったのである。

さっき、ぶちぶちといやな音をたてたふくらはぎから激痛が、走る。

肺が酸素を求めて喘いだ。


「これは」

発音が不明瞭な声は、頭上から聞こえた。


オルガが見上げた。


アウデリアが見下ろしている。

顔半分、特に左の顎からしたは溶け崩れ、しゅうしゅうと煙をあげて、その、範囲を広げつつある。

それを治癒の明滅が押し返し、修復していく。


「私の、勝ち、でよいか?

それともまだやるか?」


ふざけろ、斧神。たかが得物を壊した程度で。

胸ぐらを掴んで立たされた。その鼻先に頭突き。

頭の中をヒバナが走り、潰れた鼻先から底の抜けた樽のように血が流れる。

2発目の頭突きは、オルガも自分の額で受けた。


破砕槌同士がぶつかる音は、双方を仰け反らせた。


ともに額が割れて、そこからもダラダラと血が流れる。

殴りかかってきたアウデリアのぶっとい腕をつかんて、投げ飛ばそうとする。部分的に成功した。

投げ飛ばしは、したのだがその前に拳をもろに食らっている。口のなかがら、吐き出したのは、たぶん折れた歯、だ。


馬乗りになって、手刀。揃えた指先は、岩でも砕く。その無駄に大きな胸を切り裂いて、心の臓を。

だが、指は心臓に達することなく止まった。


抜けない。


「ぬしは、あれか。おっばいまで筋肉でできておるのか。」


バカをぬかせ。肋骨で止めただけだ。


うっそりとアウデリアが答えた次の瞬間、オルガの腹部でなにかが爆発した。

いや、膝だろう。膝つをいれられただけだろう。

わかっていても、それは爆発にしか思えなかった。

吹っ飛んだオルガが胃液を吐いてのたうち回る。


まだ、やるか?


アウデリアが立ち上がった。


やるぞっ!

オルガも口を拭って立ち上がった。


「そうか」


アウデリアは、ぼそりと言った。


「なら、引き分けだな。」

「なにを」

と言いかけて、オルガは周りをみた。役所は壊滅。ほぼ全員が、腰を抜かしていた。

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