第235話 邂逅のオールべ

ううん、異世界だなあ。

夏ノ目秋流はそんなふうに考えている。のんびりそんなことを考えている。これには理由があって、いろいろ訳あっていまの彼女は神さまなのだ。しかも「邪神」である。

彼女がもしせっぱつまったら変な力が発動してとんでもないことになりはしないか。

うん、異世界だ。


もともとお忍び旅のご老公はもっとゆったりとかまえないといけない、とアキルは思うのだ。

だいだい、おとっつあんが斬り殺されて、娘がかどわかされても「もうちょっと様子を見よう」くらいでいいのだ。そうしないと尺がもたないから。

率先して、町役場に乗り込んで、列車が運行責任がとか、賊をなんで野放しにしておくかとか、詰問をはじめてはいけないのだ。


はじめはそれなりに愛想よく、応対していた役場の人間も、ご隠居の怒りがおさまらないとみるや、たちまちボロが出た。


「おい、このじじいどもを追い出せ。」


言われて登場したいかにもチンピラっぽい連中。それが、一応警備兵の服を着てるからアキルは笑った。

これで確定。このマチの上のほうのやつらもその盗賊だか野盗だかとつるんでる。

ご隠居こと、ご老公、先のロデニウム公爵がどのような人物だったか、アキルは知らない。だが、かなりの「武闘派」だったことは間違いないだろう。手にもつのは何の変哲もない杖だが、それを振るって、どちらかといえば小柄な老人が、大の男を打ち倒すのは爽快ですらある。


役所の中は騒然となった。

次々と増援が駆けつける。が、お供のロクさんとシチさんの強さも尋常ではない。

明らかに手加減をしている。

シチさんは剣を抜こうともしない。鞘のままふるって、一撃で相手を気絶させている。

ロクさんは、突き蹴り封印。投げ技を主体だ。面白いように相手の身体が中を舞って、地面にたたきつけられる。


ジウル・ボルテックとドロシーは呆れてそれを見ていた。

いくら強かろうが、相手は何十人も出てくる。小さな田舎町ではない。魔道列車のターミナル駅のある大都市だ。冒険者ギルドもあるだろうし、守備隊が駆けつければそれこそ何百人を。

アキルが、このままでは例のシーンが、シーンが、とぶつぶつ言っている。おそらくあれのことだろう。


一同がそろったところで正体を明かす。芝居でも見る名場面だ。


ギンとリクは、ご老公が町役場にどなりこむと知った時点で、そっと姿を消した。

“役場や保安官どもとはどうも同じ空気を吸いたくねえもんで”

苦み走った笑いを浮かべるリクを、ギンがそっと微笑んで見守っていた。


「くそっ! 冒険者はまだかっ! 銀級だ!銀級以上じゃないと役にたたないぞ。」


「こら、お前らも手伝わんかっ!」

庭の掃除でもいいつけるような気軽さで、ご隠居は声をかけてきた。


血をみない戦いっていうのはどうも性にあわないんじゃがのう・・・


ぶつぶつと言いながら、冒険者ガレルアこと、銀灰皇国の闇姫オルガは、得物をふるう。もともと彼女の武器は両手持ちの巨大な鎌だった。今は刃を折りたたんで、上から袋をかぶせて一本の棒のように見える。それを、くそっ!こいつらも仲間か、などと間抜けなことを言いながら、剣を振りかざすチンピラに叩きつけた。

天井まで、跳ね上がった身体がバウンドして地面に叩きつけられる。死んだかどうかはわからない。こんな戦い方は本意ではない。


ジウルが、すいっと前に出た。相手のもつ短い剣のさらに内懐にはいる感じだ。

そのまま、軽く触れただけのように見えた打撃にみえたが、相手は、突然に崩れ落ちた。

「体内の魔力の流れを乱してみた。」

ジウルがそばによったドロシーにだけ聞こえる声でささやいた。

「魔力の意識的なコントロールができないもの。すなわち熟練の魔法使いや戦士を除けば、一瞬で意識を断ち切ることができる。思いつきでためしたみたが、使えそうだな。」


アキルは思った。


冗談ではない。このまま、街ひとつ武力制圧して終わっちゃうのか?

それでは、違う物語ではないか。ご老公無双とか。

うん、いけるかもしれない。ドラマよりもゲームがいいなあ。


仲間があんまりにも無敵なので、アキルはぼさっとしていたのだ。


「ここで、会ったか! ヴァルゴールっ!」

突然の大音声。

振り下ろされるは、幾多の魔物を葬り去った伝説の戦斧。

は?

笑顔すらそのままに固まったアキルと、振り下ろされる刃の中に、オルガのデスサイズが割り込んだ。

アキルの額から指一本。いや、そのままアキルが後ろに倒れるように尻もちをつかなければ、斧の勢い分、押されてアキルの頭が割れていたかもしれない。


「邪魔をするかいっ!?」

戦斧の主が叫んだ。

「そっちこそ。」

オルガがうれしくてたまらないように笑った。


見たところ、アキルと変わらない細腕が、斧の一撃を食い止め、じりじりと押し返している。


「わたしは、ランゴバルドとミトラの冒険者アウデリア。」

燃えるような目がオルガの闇色の瞳を貫いた。

「うむ。名前は聞いておる。」

まるで長年の憧れ続けたスターにでも出会ったように、頬さえ紅潮させてオルガは言った。

「わらわは・・・」

「言わなくてもいい。だいたい想像がついた。」


アウデリアは、牙をむき出すように笑った。


「その名を知ってしまったら、殺しても殺さなくてもいろいろ差し障りが出てきそうなのでな。」

「ならば、まずはひたすらに力を競うか?」


是!


と応えて、アウデリアは、飛び下がった。

くるくるくる。


オルガのデスサイズが回る。


「やめろっ!」

アウデリアに気がついたジウルは叫んだ。

彼の見立てでは、オルガの力はルトに匹敵する。ルトが殺戮を嫌い、血を避けるのと真逆にオルガは、殺生を生きがいとし、流血に快楽を見出す。


アウデリアとオルガ。

戦えばどちらも無事では終わらない。


しかし、この戦いを止められる者がはたして、この世に存在するのだろうか。

仮にいるとすれば、アウデリアの夫君クローディア大公か。

大賢者ウィルニアくらいのものだろうか。


絶望の中、戦斧と大鎌は再び、ぶつかりあった!

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