第231話 クローディアの旅路

この日の、賢者ウィルニアは珍しく苦い顔である。

彼の元で修行させる。

そういう面目で引き取った深淵竜ゾールに、最寄り駅までの運搬を頼んだのだ。


「銀の竜の背に乗って」

という有名な詩はあるが、実際には竜には「乗る」わけではない。特殊な力場で包んでもらって一緒に飛ぶのである。

これはかなり難易度が高いらしく、通常は5、6人が限界。一個小隊をまとめて運べるラウレスなどが特殊なのである。


ゆえに、今回のミトラへの道行は、彼と、クローディア夫妻の三名しか考えていない。

偉い方々に供回りがつくのはたいていが護衛である。彼とクローディア大公とアウデリアに何か護衛が必要だろうか?


「ははああああああっ! 大賢者ウィルニアさまあああぁああああっ」


人化した姿で平身低頭してるこいつが本当に、リウたちを相手に大立ち回りをしてのけたとかいう、深淵竜じゾールなのだろうか。

生意気な、古竜を少しからかおうと楽しみにしていたウィルニアは完全に肩透かしをくらった体だ。


そもそも魔王宮第三層は、竜たちがそのままの姿でも暮らしやすいように、通路も広く、大きな空洞も至るところにある。

ラスティなどはあの露出の多い衣装を着たいから、というしょうもない理由で人化していることが多いのだが、別にこいつはそのままの竜の姿でいいではないか。

なぜ、人化して這いつくばっているのだろう。


「ゾール・・・・」


「お、恐れ多い! 私ごとき、醜い蜥蜴の名を口にされる必要はございません。どうぞ、蚯蚓とお呼びくださいませ。」


「・・・ラスティ・・・」


ウィルニアは、隣で、炭化した塊をつまらなそうに齧っているラスティに呼びかけた。


「こいつに何をした?」


「わたしがいじめでもしたみたいな言い方はやめてよ、ウィルニア。」


ラスティは、別のパン(これも炭化していたが後で聞いたらパンだとラスティははっきり答えた)を取り出して、齧りながら言った。


「こいつは、けっこうな能力を持ってるよ。ブレスを捻じ曲げたり、反射させて別な方向から攻撃したり。あと、空間操作なんかは面白いね。

ずいぶん、誉めたつもりなんだけど。」


「まさか、ラスティ。そのまま真似をしなかっただろうな。」


「え?したよ。発想は面白いけど、そんなに難しい魔力操作は何にもないじゃん。わたし以外のみんなも、真似してみて、うん、これは面白いって大好評だったんだよ。」


おそらくは、何百年単位の研鑽を積んでの技だったのだろう。それを初見で真似されて、完全に心が折れたのだ。


「それにしてもいちいち人化しないでも・・・」

「何をおっしゃいますかっ」

ゾールは泣き叫ぶように言った。

「わたしは無駄にでかいのです。御身を見下ろすような真似など、断じて・・・はっそうか。」


光がゾールの体を包んだ。

光が消えるとそこには、十分の一メトルばかりの竜がのたくっていた。


「み、ミミズと。蚯蚓とお呼びください大賢者様。」


ウィルニアは、どうしようか、真剣に悩んだ。最寄りの駅までミミズの背に乗っていくのに抵抗を覚えたからである。




もちろん、心が折れようが、プライドをなくしていようが、妙な被虐趣味に目覚めていようが、そこは「腐っても竜」だった。

途中、知性を獲得することなく一千年を生きた竜のなれの果て「嵐竜」という生ける災厄のような相手に遭遇したが、「空間断層」を作り出して、翼を両断してこともなげに地面に叩き落とした。

そのあと、ついてきたラスティが「それ面白い」と言って、初見コピーで、嵐竜の首をチョンパしていたので、ゾールの顔色はさらに悪くなったのであるが、竜の姿では顔色というものはとてもわかりにくかった。

白い竜の姿のラスティには、わかったらしく、どうしたの、大丈夫? お腹痛いの?とさかんに心配されていたが。


一行は、街道から少し離れたところで、ゾールに下ろしてもらい、街道からロサリアの街までは、半刻ばかり。

魔道列車がとまる最北端の駅がある。

ミトラまでは、都合二回の乗り換えが必要だった。

アウデリアは、サルアまで直通列車で行き、カラト山脈を越える道筋を提案したが、夫とウィルニアに即時却下された。


ウィルニアは機嫌よく、三人分の特等席のチケット(クローディア大公とアウデリアの体格ではそれ以外の選択肢はなかった)を買い、お釣りを紙幣で受け取ってひとり、はしゃいでいた。


紙幣、というアイデアがそもそも千三百年ばかり前にウィルニアが提案したものらしいので、それが実現しているのがうれしかったらしい。



特に支障もなく、旅は続いた。



もちろん、この一行にとって、嵐竜との遭遇とその討伐がアクシデントにすらならなかったことを思い出していただければ、まあ、その程度のアクシデントはあったのだが。


乗り換え駅でのこと。

次のミトラ行きの列車がいつになるか分からないとの駅員の話に、一行は首を傾げた。


急ぐ旅てはない。

グランダにも、充分な手当はしたある。クローディア大公国もひと月かそこいら、彼らが不在にしてもびくともしないだけの人材はもっている。

一番、心配なのは魔道院なのであるが、ウィルニアは独特な無責任感でなんの心配もしていない。

ミトラについて、転移陣を設置したら、「ちょっと見に帰る」が可能だからでもある。


それにしても機械的なトラブルにせよ、天候などの自然現象にせよ、発車の見込みがたたないとはどういうことなのか。


「『 白狼団』の仕業です。」


さすがに大っぴらに「クローディア大公夫妻と愉快な仲間たち」は名乗っていないものの、歴戦の強者であることは隠せないふたりの迫力のまえに、駅員はたじろぎながら言った。


「この先の平原一体を縄張りにする野盗です。もと、大北方のクローディアの白狼騎士団にいたとかいう腕利き揃いで、なんども討伐軍を撃退しています。

ときどき、線路を壊してはみカジメを払わないと修理をさせないと無茶を言ってくるんです。」

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