第232話 ミトラへの長い道
「ここはやっぱり団子でしょう!」
黒髪の少女は快活にそう言って、みんなの返答も待たずに、団子を人数分注文した。
一行の中心らしい、老人は孫娘でもみるような目でその様子を眺めている。供回りのふたりは呆れたようにそれを眺めていた。
傭兵か護衛の冒険者と思われる美女は、少女と同じく黒い瞳と黒い髪。あたりを油断なく見回してから、椅子に腰をおろした。
少し離れたところには、夫婦者かと思われる旅芸人が座る。女の方は、このあたりでは見慣れぬ弦楽器を抱え、吹く風に目を細めている。男のほうは、がっしりした体格で旅の荷物の一切はこの男が担いでいるところを見ると、あるいは師弟、あるいは主と用心棒ともとれる。
もう一組は、これも筋骨たくましい青年。鍛え抜いた身体は服の上からでもわかる。身体の動きを邪魔しないゆったりとした服装は、無手での戦いを主体とする拳士のものだった。
連れの女性も同じく拳法着に身をつつんでいる。目立った美人ではないが、清楚で知的なも顔立ち。身体付きはほっそりとしていてまだ女性としては未熟なものを感じさせる。
こちらは、あたりの風景などを物珍しそうに、眺めながら、なんというか、その、いちゃいちゃしていた。
魔道列車が通ってから、すっかり寂れつつある旧街道だが、線路の施設、駅の整備と、多額の投資と工事期間の必要な魔道列車が、すべての街を通る訳では無い。
このような山間の狭道などは、昔ながらの行商人や、小さな町から町へ。あるいは農村から町へものを売ろうとするもので、かえって昔ながらの賑わいのままである。
この茶屋は、見晴らしのよい峠のに建てられ、きけば代替わりしてもう30年は同じ場所で商売を続けているそうで。
「うむ!」
団子を一口頬張った黒髪の少女が楽しそうにさけんだ!
「名物に美味いものなし!」
相当、失礼な発言であるが、一同もまた茶屋の主も苦笑して聞き流した。雑穀をついてこねただけの団子がそれほど旨いわけもなく、ただ、ここから見える景色とともに食べるのが絶品なのだ、とそんな風に老人に言って、ともに笑った。
いうまでもなく、先のロデリウム公爵の一行である。
「ここからオールべの町に降りてみようと思うんじゃがな。」
ご隠居の問いかけに、若き拳法家ジウル・ボルテックは怪訝そうに言った。
「構わないが、遠回りにならねえかな、ご隠居。まっすぐにミトラを目指した方が距離がみじかい。」
「オールべには魔道列車の駅があるんじゃ。」
老人は田舎者の青年に教えるように言った。
「確かに遠回りじゃが、乗ってしまえば距離なぞ関係ない。半日でミトラに着く。
まあ、魔道列車に網が張られることを警戒して、街道旅を続けてきたんだろうが、ミトラとその衛星都市を結ぶローカル線は盲点でな。地元の客しか使わん。」
「裏の裏をかくわけか。」
「列車で移動するんなら席は別で頼むよ。」
旅芸人の女・・・・ギンが言った。
「あんたらは上等に乗るんだろうが、あたしらが上等に乗ってたらそれだけで目立ってしょうがない。」
「なら、俺たちもその『上等』じゃなくてかまわない。」
とぼけたようにジウルが言った。
「それほど、上等な人間でもないしな。」
「いや、まあ、大過はないとは思うがの。若いお嬢さん方にはキツイかもしれんぞ。お主がついておるにしてもスリやちょっとした悪戯なんぞは止めきれん。」
「若いお嬢さんは、わたしも含んでくれておるのか?」
冒険者ガレルアこと、銀灰皇国の闇姫は、真面目にそう質問した。
「まあ、おまえさんの腕なら自分で自分を守れるじゃろ。しかし、胸でも触られてから、相手を叩きのめすのと、最初からそんなことがないのとでは、どちらが良いかな?」
「相手をぶちのめせる方がいいな。」
ガレルアは本気で答えた。
「胸なんぞ、触らせても減るもんじゃあるまいし。」
「困ったお嬢さんじゃ。」
ご隠居はため息をついた。
「それでは、全員で上等席に乗るかどうかはともかくとして、オールべに向うってことまではよいか?」
ドロシーは、このご隠居の発言に少々違和感を持った。
その様子に気がついたジウルがすっとそばによった。
「・・・わたしもランゴバルドでは、しょっちゅう、魔道列車は使ってたけど。そんなトラブルなんて一度もなかった。」
独り言のようだが、不快そうである。
「ご隠居が貴族様だからそう思うだけなのかな。この前の男爵の山賊騒ぎだって。地方の代官が賊の黒幕をしてて、好き放題しててしかもそれを地域の保安機構が見逃してるなんてあり得ない。いったいギウリークはどうなってるの?」
「それは俺も気にはなっている。
あの男爵の兵士たちだ。それなりの力のある相手に対する戦術が全く叩き込まれていない。
言っちゃあ、悪いがグランダだってまともな軍隊、例えば、辺境守備隊や白狼騎士団なら、強大な一個体に集団で対応する戦術は確立しているぞ。
あれでは、素人の集団だ。」
夜の嬌声で、相変わらず、アキルたちを悩ませている馬鹿カップルではあるが、それ以外のところではまともなのである。
「魔道列車は今は動いていないわよ。」
女の声に、一同は振り返った。
傭兵か、冒険者と思しき、その一団は、先ほどから彼らと一緒にこの茶屋で休憩を取っていたのだ。
リーダーと思しきその女は、おそらく年は二十歳を少し過ぎたくらい。
鎧は、なんというか「貧弱」で、女の見事な肢体のラインを全く隠していないどころか、強調しているようにも見える。
配下は、5人ばかり。別段、騒ぎたてる様子もなく、店には茶だけを出してもらってそれぞれの携行食を流し込んでいた。
「冒険者、さん?」
世慣れてないアキルが恐る恐る尋ねた。
「あなたがパーティのリーダー?」
「すまないな。突然話しかけちまって。」
彼女はウインクして見せた。
「『氷雪の狼』ハザットという。」
名乗られては、名乗り変えすのかま礼儀だ。
「わたくしは、ロデリックで商売をしておりましたグリムと申します。」
先のロデニウム公爵は丁寧に頭をさげた。
「商売は息子が継ぎましてな、わたくしは、手代を二人ばかり借りて気ままに旅をしております。」
「俺はジウル。烈火炸裂拳を使う。修行の度の途中にだ。こっちは弟子のドロシー。
こっちのとぼけた黒髪がアキル。その護衛の冒険者のガレルア。ミトラに行きたいそうなんで、俺も急ぐ旅でもないし、護衛がてらついて行くことにした。」
「あたしはご覧の通りの旅芸人でギンと申します。これは弟子のリク。ミトラまでご隠居さんたちと同行させていただいております。
この辺りも思いのほかぶっそうで。」
「そうだな。だからわたしらのような用心棒稼業が成り立つ。」
「ところで魔道列車が動いていない、と申されましたか?」
老人の問にハザットは頷いた。
「ここらを根城にしている野盗がいてな、奴らが線路を壊した。」
「それはそれは」
驚いたように老人はつぶやく。
「まったく、鉄道守備隊はなにをしているのだか。
それで復旧の見込みはいかがでしょうか?」
「まったくたってないのさ。」
ハザットのパーティメンバーらしか男が口をはさんだ。
「ここいらじゃあ、『白狼団』の許しがなけらゃあ、壊れた線路の修理も出来ないって、そういう掟になっている。」
「困りました、な。」
老人はさすがに顔をしかめた。
「急ぐ旅ではありませんが、復旧のめどがたたないとなると。」
「それがうまくしたものでな。」
再び男が口をはさんだ。
「足止めされた乗客やオールべの町が少しばかり金をかき集めて、上納してくれると修理の許可が降りるらしい。」
「随分とやりたい放題をしたくれるものですな。ロクさん、シチさん、取り敢えずオールべに降りますぞ。」
「おいおい、だから列車は動いてないんだぜ?」
「ご親切にありがとうございます。しかし、どうもこういった無体はほっておけないたちでしてな!」
なるほど。
と、ジウルは心の中で思った。
行く先々で殺人が起こる名探偵と同じ体質か。これはまた一波乱は免れねえな。
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