第229話 ボーイミーツガール

少女が目を開けたのは、暗い地下室だった。

計算通り。


だが計算外だったのは、人がいたことだった。

目の前にいたのは、同じくらいの年頃に見える男の子だった。

ただし、台座に縛られている。


その胸から腹のあたりを大きく切り裂かれ、当たりは血の海だった。

ふらふらと少女が近くによって覗き込むと、人間だったらあるような器官のいくつかがなかった。


酷いことをする。

少女は憤慨した。

こんなことをしたら死んでしまうかもしれないじゃないか!

少女は少年の顔を覗き込んだ。

幼い品の顔立ちした。目から涙が一筋ほおに向かって流れていたが、もうその目は何も見ていない。


大量の血が流れたことで、ショックが起こって意識が飛んでいるのだ。と少女は理解した。

さて、どうしよう。


そもそも、彼女は、ここにはわずかな滞在だけのつもりできたのだ。

余計な関わりはさけるべきだった。

でも、例えば彼女の一番新しい人間の友だちだったら、どうするだろう。

やっぱり助けようとするだろうか。

少女は彼のことが好きだったのでとりあえず、同じようにしてみようと思った。


心臓は停止している。と言うより持ち去られていた。

魂はぐずぐずとそのあたりに漂っていたが、それはほぼ人間であることの記憶もなくした「残滓」にすぎない。


ふむふむ。

これは、あれだな。

少女は7つに増えた瞳をくるくると回しながら思った。


“巻き戻しだな。”


飛び散った血がずるずると、少年の身体に這い戻っていった。

魂は散乱したエネルギーをかき集め、またひとつの個性を取り戻した。



戻せるのはここまでかな。

と、少女は思った。他者との関わりのある時間まで戻すといろいろ厄介なことがおきる。


まず、魂を、こちらも血流を失って崩壊した状態から、もとに戻った脳に叩き込む。

さて、心の臓をなんとかしないと。これがないと人間は簡単に死んでしまうのだ。

かわりの心臓を復元するのも面倒くさいし、微細な魔法のコントロールは、彼女は苦手なのだ。それに万一その間にまた死んでしまったら元も子もない。

こんなこともあろうかと思って。

少女が手をつっこんだのは、正確には「収納」ではない。手だけ転移させて亜空間にある彼女の倉庫のなかに眠るものをつかんで持ってきた。

それだけのことだった。


それは少女の手の中にすっぽり収まる大きさの


「蜘蛛」


だった。

半透明のそれは自分では這いずることもできずに、ピクピクと動いていた。

それを無造作に、少年にパックリと開いた胸中に突っ込む。


同時に発動した治癒魔法は、人間の治癒師ならば複数の者でなければかけられない。

だが、無尽蔵の魔力と魂を分割して、複数のタスクを同時処理できる彼女はそれをやすやすと処理してのけた。

出血が止まり、欠損した血管が再生する。


自力の呼吸が復活し、ついに少年は目をあけた。


「ここは?」


「ミトラの西三の二街区の廃ビルの地下室。」


「ぼくは・・・・」

電灯は、非常用のもので暗い。やっと互いの顔を見えるような暗がりの中で、少年は相手を見つめた。

「たしか、学校の帰りに・・・馬車が襲われて、ああ、あいつらはヴァルゴールの名を叫んでいた。邪神の贄を捧げるんだと。」


少年は、切り裂かれ、血まみれになった服の端を気味悪そうにつまみ上げた。


「きみが助けてくれたのか?」


「そうなるかな。」

闇の中では少女の瞳の異形まではわからない。

「わたしは治療しただけだ。」


「ぼくは、アライアス侯爵家の長男ヘルデ。」

少年は、少女の手を握りしめた。

「感謝する。助けてくれてありがとう。きみの名前は?」


「ギムリウス。」

少女・・・広域制圧用移動生体要塞神獣ギムリウスは、そっけなく答えた。





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