第228話 ラウレスとエミリアのささやかな日常
朝、迎えの馬車に乗り込む。
ついた場所で、料理のパフォーマンス。やんやの喝采をあびる。
これを昼前から、夕暮れまで、5件ばかり繰り返す。
夜はたいてい、教皇庁だ。
偉い連中は、もと竜人師団の顧問だったラウレスは顔なじみだ。みな、ラウレスが料理をしていることに驚く。なかにはそこまで落ちたかと、哀れみや蔑みの視線をむけてくるものもいる。
それが、彼の料理で、驚愕にかわるのを見るのは、楽しい。
帰りの馬車の中で、渡された封筒をあけて、御者に、いやお代はいただいてますから、まあ、ほんの気持ちだよ、受け取ってくれたまえ、わっはっは。
ラウレスはそんな毎日を送っている。
調子に乗れば昔の悪い癖・・・同族に変態と罵られた女癖の悪さがでそうなものだが、エミリアと同宿なうえに、どういうわけか、すっかり助手だか弟子だか、の顔をして、あのウォルト少年が、どこに行くにもついてくるのだ。
おいおい、婚約者をほっといていいのか? 婚約破棄になっても知らないぞ。
そんな風に、ラウレスが言うと、ウォルトは胸に手を当てて「大丈夫、そんなに何回もやりませんから。」と意味不明の言葉を返した。
その婚約者がなにをしているかというと、エミリアがすっかり気に入ったらしく、エミリア曰くまったく手放してくれないらしい。
話の合間に悪気がないのはわかるが、エミリアの稼業のことをあれこれきいてくるので、すっかり参ってしまった、とぼやく。
言うまでもなく、エミリアの真の姿は、怪盗にして、殺しも請け負う「ロゼル一族」の副頭目であり、ミトラに来たのは、かつてここから拝借した「神竜の鱗」を元の場所に返すためであった。
その日は珍しく、教皇庁との夜の打ち合わせ(と称する食事会)がなく、ラウレスは夕方の早い時間帯で開放された。
そうだ、とラウレスは思い立った。
久しぶりのミトラだ。たまにはのんびりと散策でもして昔なじみの店でも尋ねてみよう、かと。
ホテルから少し離れたところで、馬車を止める。ウィルト少年に一緒に来るか尋ねると「もちろんっ」という返事である。
するとなると、布地の少ない人族のお姉さんがよこに座ってくれるお店は自動的に除外になるわけだ。
ちょっとラウレスはがっかりしたが、それが顔に出たのだろうか、ウォルトが慰めるように言った。
「たぶん、女の子のいるお店は、ぼくたちじゃあ無理ですよ。だって、ラウレスさんもぼくとひとつふたつしか、違わないじゃないですか。
ああいうお店は未成年をいれてあとでトラブルになるのをすごくいやがるんですよ。
なにしろ、聖光教のお膝元ですからね。」
そうだった。ラウレスは以前、ここで働いていたときよりも外見を若くしている。ぎりぎり成人していると言い張れば、なんとか通るかもしれないが、そこまでして、という気もした。
「そうだな。ずっと焼き物ばかりだったから、鍋料理でもつつきにいくか? 」
「鍋?」
「そうだ。目の前に出汁のはいった鍋を置いてだな。具材を自分で足しながら食べるんだ。うまいぞ。」
行ってみたいですね。
と、ウォルトが目を輝かせた。かわいいっ!とラウレスは思った。
一瞬、自分の中に芽生えた感情に目を背けるように、通りの先を指差すと
「あの先に、この界隈では鍋料理の一番の名店がある。たぶんこの時間なら予約がなくてもはいれるはずだ。行ってみよう。」
“いいやつなんだけど、駄竜だなあ”とウォルトは思った。
それからのことは一瞬でおこった。
通りから黒覆面に身を包んだ男たちが、何も言わずにラウレスに殴りかかったのだ。
いかにラウレスが突如、年下の少年に芽生えた恋情に困惑していても、彼は古竜だった。作者もときどき忘れる事実である。実際にこのまま、ラウレスとウォルトが男たちに昏倒されられて誘拐され、それをエミリアが救出するとう話をかこうとして、はたと気がついた。
人化した竜が人間ごときのふるう鈍器で気絶させられるわけないよなあ。
ラウレスは、男たちが持った武器が棍棒程度のものであることを、見抜き、好きにさせておいた。
ラウレスの額にあたった棍棒は2つに折れた。そのほかのところに当たったものも、男たちの手にしびれだけを残した。
「き、きいてねえのか。」
リーダー各の男が、悲鳴をあげた。
その男の胸ぐらをつかみ、ラウレスは彼を掴み上げた。
「なにものだ?」
「金で雇われたチンピラのたぐいでしょう。」
そうだ、彼はひとりではなかったのだ。一緒にいた少年のことを思い出してあわてて、振り返ると、ウォルトはすでにチンピラの一人を組み敷いていた。
「とにかく、こいつを料理ができなくなるくらいに痛めつければいいんだ。」
締め上げられがら、リーダーの男が叫んだ。
「刃物を使ってもいい。殺しちまってもかまわねえ。」
戦闘は短かったが、ラウレスは甚大な被害を被った。
一着しかない上着にナイフにより、大穴が空いてしまったのだ。
エミリアは、とにかく自分に引っ付きたがるミイシアに閉口していた。
ミイシアは人並外れた美少女なのである。おそらく彼女の故郷のグランダでもやっと成人に達したかどうか、というところだ。
たいていは、連れのウォルトがラウレスに夜遅くまで同行してしまうので、夕食は必ず誘いに来る。そして、翌日の予定を聞き出すと同行をせがむか、勝手に先回りして、ちょうどわたしもこちらに来る用事がありましたので、よかったら、お昼をご一緒に。
あまりしつこいので、無理やりふって、一人の彼女が何をしているのか部下に偵察させてみた。
結果はシロである。
女性一人で、異国の地なので、ホテルの近くでウィンドウショッピングをしてから、芋を揚げたものを買って帰ってそれを昼食にしたようである。
その姿が寂しげで、かなり同情を誘うものだと報告を受け、エミリアは反省し、翌日ミトラ大聖堂の見物にミイシアを誘ったのだ。
彼女は大喜びで、ホテルのフロントに来たのだが。
「みなさん、振り返りますね。」
エミリアと腕を組みながら、ミイシアは快活に笑った。
エミリアの笑顔は、見かけ上の年齢の少女のものにしては、引きつっていた。
なにしろ、道ゆく者が、老若男女問わずに振り返るのである。
今も、絵のモデルになってほしいとの、この日ち7人めの申し出を断りながら、エミリアは悲鳴を上げかけていた。
これから行く大聖堂に、神竜の鱗を「返す」という怪盗らしからぬミッションを遂行せねばならないのだ。
はたして、元場所の神竜の鱗をこっそり出現させればよいのか。
それとも、裏のルートでく交渉が必要なのか。
エミリアたちが確認した限りでは、「神竜の鱗」の盗難は政治的ななにかを引き起こしてはいない。
「秘宝」の管理を担当している枢機卿はそのまま、現在の地位に留まっていた。
警備を担当していたのは、驚くなかれ、「紅月旅団」という冒険者ギルドだったがここもひきつづき警備を続けているらしい。
「秘宝と騒がれるが結局は大したおたからではなかったのかもしれない。」
と、エミリアは思い始めていた。
「なんだかエミリアさんと歩いていると随分と、絵のモデルを頼まれますわ。」
ミイシアは頬に手をあてて、ため息をついた。
「ミイシア、それは典型的な口実で、やつらは単にあなたを口説きたいだけだ。」
「わたしを?」
びっくりしたように、ミイシアは言った。
「ああ、ほんとはエミリアさんを口説きたいのだとばっかり。」
浮かんだミイシアの笑みにどきっとするエミリアだった。
こいつ・・・まさか!!
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