第227話 精鋭騎士団への誘い
一連の出来事に驚愕したヘルムズ伯が駆けつけたのは、翌日の昼過ぎである。
前ロデリアム公爵と面識のあったヘルムズ伯爵は、ダルカンの所業に口も開かぬほどのショックを受け、呆然と立ち尽くすのみ。かえって家臣の中に気の回る者がいて、監督不行き届きを平身して詫び、その場で自害しようとしたので、ジウルは叱責してやめさせた。
なにしろ、ダンカン男爵とその腹心である執事がすでに亡き者となっている。
これは、混乱に乗じた賊の仕業と思われたが、それについては詳しい調査は打ち切られた。
なまじ、生きててもらっても困るものをすみやかに処分してくれたことに、ヘルムズ伯爵家としてはかえって安堵していた。
なにか、まずいことは、これでダンカンのせいにできる。
例えば、ランゴバルドからの旧街道の整備の悪さや、山中からミトラ東部へ降りる間道をほったらかしにしたことも、もちろん、村々が困窮し山賊に身を落とす連中が続出したこと(実際に捉えた盗賊一味の大半はそんな面子だった)すべて、ダンカン一味のせいにされた。
あれやこれやの醜い所業の後片付けが終わって、一堂が揃ったのは翌々日の夜であった。
一名を除いては、みな上機嫌であった。一名、というのは他ならぬ此度の黒幕であった吸血鬼ゾアヌルである。アキルを瘴気の槍で突き刺し、その魂を吸収しようとして、危ういところでやめたあのゾアヌルは、「吸血鬼を飼っておくと便利だぞ、」というジウルの提案で、あっさりと魔法で従魔化されて、ひきつった顔で同席しているのである。
アキルはこのことが少し不満だった。
昼間に歩けもしない従魔なんか役にたつの? というのが彼女の言い分だった。
なにしろ、吸血鬼の知り合いがほかには、真祖のロウ=リンドとネイア先生くらいなので、それと比較するとこの伯爵サマは大変にスペックが劣るのである。
「皆のもの、ご苦労であった。」
ご老公は、ご満悦であるが、ジウルはなんとなくしてやられた感は、ある。
それは、旅芸人を装う「仕掛け屋」ギンとリクも同様であるらしく、無理矢理魔力で縛り上げられているゾアヌルの次くらいには、酒宴を楽しんではいなかった。
「この一件に、密かに銀胚皇国のオルガ姫が関わっていることも、ヘルムズには匂わせておいた。」
相変わらず、アキルをオルガ姫だと思っているご老公は、アキルに笑顔をむけるが、アキルとしては曖昧な笑顔で、あっどうも、と返すしかない。
「しかし、これでまた銀灰皇国から追手が来るやもしれません。」
闇姫オルガは真面目な顔で言った。独特の言葉遣いも避けていると、本当に彼女が護衛の冒険者で、アキルが護衛されているオルガ姫に見えてくるから不思議だ。
「あまり詮索はしたくないが、ジウル・ボルテック。お主の腕前、拳法も魔道も素晴らしいのう。特に魔道は、転移やこのような従属魔法まで使いこなすとは。それもボルテック卿ゆずりなのかのう。」
「そりゃ、どうも。」
ジウルは、さりげなく言った。
ご老公としてはこちらのことを色々と探りたいのだろうが、こちらも話せることとそうでないことがある。
アキルを闇姫オルガと見做していることについては、上手い具合に目くらましになるだろう、くらいに思っていた。
それによってアキルの危険が増すことについては、「まあ。もとがもとだから大事には当たらんだろう。」と、高をくくっているのがボルテックのボルテックらしいところであって、これがルトならば、襲われたアキルが自らの意思と関係なく、邪神の力を解放する可能性も考えて、少しでもリスクを高めるような行動は避けたかもしれない。
「ここから、わしらは山を降りてそのまま、ミトラを目指す。」
「あたしらは、かまわんさ。」
ギンが言った。
「次の仕掛けにはまだ間がある。
門付でも、しながらのんびりすすむさね。
あんた方は、いつまでにミトラにつかなきゃいけないのさ?」
「こちらも別段の予定はない。」
面白そうに、ギンとリクを見ながらご老公は言った。
「だか、英雄級とも称される冒険者アウデリア殿と、北の狼クローディア大公との結婚披露宴にはぜひ出席したいと、思っとる。」
どうせ、お主らも、じゃろう?
と言わんばかりの悪い顔で、一堂を見回すご老公だったが、もちろん、ジウルやアキルは違っていたし、仕掛け屋のふたりはそうそう表情を変えたりしなかった。
ドロシーは、正直、ジウルについて行ってるだけだったし、オルガはあくまで護衛に雇われた冒険者の顔を崩さなかったので、ご老公のかけたカマは空振りに終わったのである。
「なあ、ジウルよ。お主はナンバーズの一員になることに興味はないか?」
ナンバーズは、ロデニウム公爵家の精鋭中の精鋭。一騎当千のメンバーを集めた特別隊だ。
その実力は、いまご老公が連れているロク、ことマロク、シチことシチカを見れば明らかだろう。
今すぐは無理だがこれは魅力的な申し出・・・
「いま、ハチが空番になっている。」
ジウルが即座に断ったのは、アキルがなにがツボにはまったのか、お腹を抱えた笑いだしたからだ。
「・・・うっかり・・・ハチベエ・・・」
呼吸も出来ないほど笑い転げているアキルを見ながら、どこが面白かったのか、じっくり聞いてやろうと、ジウルは思った。
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