第225話 まだ大団円にならない
強いなあ。強い。
“勇者”にして“邪神”である、わたし。夏ノ目秋流が感心してしまうくらいに、味方は強い。
そもそも最初に男爵が連れていた十人は、ジウルさんとペルドットさんがなにやら、打ち合わせをしてる段階で、つぎつぎと叩きのめされたしまったのだ。
一人は、剣に炎を纏わせる呪文を唱えたが、ドロシーさんの魔法で足元の土を泥濘にかえられて、転んだところをそのまま氷漬けにされた。
そのときには、牧場の入り口からざっと百人を越える兵士がなだれ込んでくるところだった。
「御老公さま」
「うむ。魔力の使用を許す。」
ロクさんとシチさんの周りを金色オーラが包んだ。うーん、おしい。髪が逆だったりはしないんだな。
そのまま、兵士の群れに突っ込んでいく。
あわわわわわ。なんだか、戦ってるっていうより交通事故の感じだなあ。兵隊さんたちがふっとんでいくわ。
それでも、数にものをいわせて、兵隊さんたちがロクさん、シチさんを取り囲む。
いっせいに斬りかかるその動きにあわせて、シチさんの身体が青黒く・・まるで金属のような光沢を帯びた。剣はことごとく跳ね返され、シチさんは鞘に納めたままの剣で次々とまわりの兵隊さんを昏倒させていった。
ロクさんは、倒立しながら、コマみたいに身体を回転させて、相手をなぎ倒す。
ドロシーさんは、二人がうち漏らした兵の前に立ちふさがった。
やけになって斬りかかるその斬撃は、創り出した氷の壁に遮られた。そのまま氷の壁を叩きつける。氷も砕けたが、相手もふっとんで失神した。
ジウルさんとペルドットさんは、反対側の森のなかから、現れたやつらに立ち向かう。
こちらは服装もバラバラ。装備も整っていない。どうも村を荒らしたり、村人を人質にして村を牛耳っていた山賊どものようだった。
「さあて、神獄無双流拳法の真髄をみせてやるか?」
「・・・ジウルどの? 昼間、試合ったときはたしか紫電雷王拳と・・・」
「まあ、こまけえ、こたあ、いいんだよっ!」
ベルドットさんの剣は、イカヅチを走らせ、ジウルさんの拳は大地を巻き上げた。
ううん。これはあれだ。「天災」相手に戦ってるようなもんだね。
地面にぶったおれて、うめく累々たるけが人の山。
残ったみなさんもいい加減、戦意がなくなってきたところで、ずい、と、ご隠居が前にでた。
なぜか戦場の全員の目がそちらに集まる。
「控えい、控えい!」
「この紋章が目に入らぬか! 頭が高い! 控えおろうっ!」
ご隠居さん・・・いや、先代ロデニウム公爵は、簡易ながら宝冠をかぶり、居住まいを正していた。
ただそれだけで。
しびれるような緊張が戦場を支配する。
「さ、先のロデニウム公爵閣下!」
「“皆殺し”の公爵閣下!」
「鮮血公ロデニウム・・・・」
「目があったという理由で、領民を無礼討ちにして歩いていたというあの・・・」
うーん。どうも権威があるとかそんなこととは別に、恐れられていたみたいだね。
苦笑するわたしの前で、先のロデニウム公爵閣下は、鋭い眼光で宣言した。
「ただいまをもって、ダンカン男爵家は取り潰しとする。男爵およびその側近には謹慎を命じる! 追って厳しい御沙汰があろう。
ただし、その手足となって働いたお前たちは、このまま自首をすれば罪一等を減じることを約束しよう。」
兵隊さんたちも山賊も頭を地にすりつけている。
その中で男爵だけが。
狂気にかられたように立ち上がった。
「ふ、ふざけるなっ!
いま、一歩のところで、こんな芝居まがいのやり方で・・・」
あ、あるんだ、異世界にもこんなお芝居。
「我が主! ゾアヌル伯爵よ! お目覚めください。あなたの従僕になにとぞお力を!」
男爵たちが乗っていた馬車から、ものすごい瘴気が立ち上った。
人間にはちょっと酷だな、これは。ロクさんたちやオルガっちは大丈夫だろうけど、せっかく投降させようとしていた兵士や山賊が皆殺しになってしまう。
わたしは、いっぱいに息をはいてえぇええええ。
はい深呼吸。
げえええ。吐血した。
やっぱり人間によせたこの身体で瘴気を全部すうのはきつかったか。ひとりで池の水ぜんぶ飲んだようなものだからなあ・・・。
ぶっ倒れたわたしを、オルガっちが抱き起こしてくれた。みんなから影になるようにして、掌を切った傷口から血を飲ませてくれる。たちまち、身体のなかから毒が消えていった。
ナイスアシストだぜ、オルガっち。
馬車が粉々にくだけた。
中から・・・棺桶が・・・ゆっくりと浮遊している。あれは。
全員が・・・・兵士も山賊も。真っ青になってその「存在」を確認した。
「ぎゃはははははっ! 爵位持ちの吸血鬼伯爵ゾアヌル閣下だ。
此度の筋書きを考えてくださったのもこのお方よ!
きさまらもなかなか知恵を絞ったようだが、最後は絶大なる力の前に死ね!
ひとりのこらず、絶望して、死ね!」
「逃げよ、皆のもの!」
全ロデリウム公爵さんが叫んだ。
「おまえらを庇いながら戦うのは無理なのでな。」
駆け出そうとした兵士の一人の首に、棺桶からシュルりと伸びた触手が絡まりついた。
ビクッと痙攣した兵士がみるみるうちに萎びていく。
オルガっちのデスサイズが触手を両断しなければ、そのまま吸い殺されていただろう。
ドロシーさんが火の玉を棺桶に放った。
だが、見えないか壁にぶつかったようにそれは、棺桶に到達せずに胡散無性する。
「少しはやるではないか。」
オルガっちは、くるくるとデスサイズを回しながら、笑った。
ロクさんとシチさん・・・
「シチカ、マロク、油断はするなよ!」
そう、そんなお名前でした。
「お任せください、ご老公。」
ああ、そんな呼び方してたね、あれでも。うん、わたしたちもそう呼ぶか。
他の人がいるとこでは、ご隠居、正体隠さなくて良くなったらご老公。
これで行こう。
棺桶から瘴気の槍が飛び出した。
あれはやばいぞ。たぶん物理的な防御だけだと貫通してしまう。
いまのわたしたちが着てるような革製のごご胴衣なんてあってないようなものだ。
例えば。
槍はわたしのい鳩尾にあたりを射抜いた。
痛み。だけではない。そこから冷たいなにかが広がり、わたしという存在そのものを吸収していく。
わたしが無くなっていく。なにかと同一になろうとしているのだ。その先にあるとても暗いところにわたしはなすすべもなく、引き摺られていった。
その青白い顔とわたしはたしかに目があったと、思う。
ぎゃあああああああああああっ
それは恐怖の叫びだった。
気がつくとまたオルガっちがわたしに血を飲ませてくれていた。今度は手首を切っている。
流れる血の量はさっきと比べ物にならない。
どっちが吸血鬼かわからないね。これじゃあ。
体を起こすと、なんだか、いかにもなマントの男が頭を抱えて地面に座り込んで震えていた。
「なにがどうなっているのです?」
わたしがそう聞くとご老公がしぶい顔をして
「いや、こちらが聞きたい。あの槍がお主に突き刺さってお主が倒れたと思ったら、あの棺桶が爆発して、なかからこいつが出てきた。
どうも逃げようとしたようだったが、慌てすぎていて自分でマントの裾を踏んで転倒した。
あとは何を聞いても『お許しください』の繰り返しだ。
闇姫、お主何者なんじゃ?」
ああ、そうか。このご老人たちは、わたしを銀灰皇国の闇姫オルガだと思い込んでいた。
ほんとは、違うのだが。
「あの…」
「お、お許しをっ! あなたがまさかあの」
「勇者だとは知らなかったか。」
「え、え、え、ゆうしゃ」
「そうだ、わたしは勇者だっ! 違うか!」
「ち、違いません。勇者様ですぅっ」
と、言うことで
わたしは立ち上がって、ご老公たちを向いた。
「どうもこの吸血鬼は、わたしをあの槍状の武器で貫き、魂を吸収しようとした時、わたしが勇者だとわかってびびりまくっているようです。」
「勇者はたしかに魔物の天敵か知らんが」
ご老公は、猜疑心の固まりのようになった目でわたしをじろじろと睨んだ。
「あの槍は刺さったものの魂を吸い取る仕掛けになっているようだ。
それで攻撃しておいて魂の吸収を止めるとは。あのままいけば滅ぼされたのはお主じゃろ?」
「魂の吸収なんてそうそう出来ません。あんなもの」
わたしは愛想笑いをしてみせた。少しでも場を和ませようと思ったのだが逆効果だったかもしれない。
「わたしがこいつを吸収して終わりです。」
「そうなのか?」
コクコクと懸命にうなづく吸血鬼ゾアヌル伯爵。
「ご老公!」
「なんだね、ロクさん。あとになさい。」
「男爵と執事が逃げました。」
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