第224話 墺景牧場の決闘
100を越える手勢はいったん、町中に伏せておくことにした。
それ以外にも連絡がつくだけの配下には総動員をかけて、あれやこれやでもう100を郊外に伏せさせた。合わせて200を越える手勢を用意したヘルムド伯代官ダンカン男爵は、10人ばかりの腕利きと、商家の隠居グオン老人とその手代、銀級冒険者ガレルア、「銀雷の魔女」ドロシー、彼らに付き添われた旅の少女アキル、それに彼に反抗するギルドマスター、ペルドットの娘ローニャを連れて、町まずれの墺景牧場へと向かった。
馬車には例のモノも積んでいる。
陽は大きく西に傾いている。
そう。
ダンカン男爵は、今宵で全ての決着をつけるつもりでいた。
ペルドットの娘ローニャも、ついでに始末するつもりでいた。もともと、どうにも手に負えず、伯爵からの増援を頼むときの証人として身柄を抑えたのだ。もうその必要がなくなれば。
男爵は自分や執事、ローニャを乗せた馬車の隣を徒歩ですすむグオン老たち一行を見やった。
“腕利きだと聞いてやとってみたが、一緒に始末するか 。やつらに支払った金も取り戻せる。”
そうして、俺はヘルムド山の王になるのだ。
確かに実入りも少なく、人口もたいしたことはない。
それだけに、軍を動員してここを奪還しようとは誰も思わない。
俺の国だ。俺だけの国ができる。
誰にも邪魔されない自分だけの「国」が。
ベルドットは、見覚えのある鎧姿で待っていた。
と言うより、この男は、街に来てから一度も簡素とはいえ、その革の胴衣を脱いだことがない。
剣を手放したことさえあるのだろうか。
関係が悪くなかった頃、ダンカン男爵は何度か彼を晩餐の席に招待したが、その時も彼は、剣を受付に預らせるようなことはしなかった・・・
気に食わないやつだった。
彼がついぞ一度としてもたなかった「民を守る」という意識をもっている。
だが。
それも今日で終わりだ。
ダンカン馬車から降りた。
連れてきた兵士たちも剣に手をかける。
「ベルドット!」
ダンカンは叫んだ。
「約束通り、娘を連れてきた。
そっちも人質にした拳士を返してもらおう。」
ぺルドットは顎をしゃくった。
逞しいジウルの身体は鎖でしばりあげられ、一回り小さくなったようだった。うつむいていて表情は伺えない。
見たところ、仲間は連れていない。
「約束通り、娘は返そう。だがローニャが来たのはあくまでローニャの意志だ。こちらが強制した訳では無い。」
「それにしては、ずいぶんと厳重に閉じ込められていたようだな。」
ペルドットがせせら笑った。
ローニャは別段、拘束などされていない。
不安げに男爵の方を見やる視線に、男爵は大きく頷いた。
「大丈夫だ。父親もお前に危害を加えることは無いと約束した。」
ローニャは意を決したように、ペルドットに向かって歩き出した。
「娘の無事を確認したら、拳士を離すんだ、いいな、ベルドット!」
両者の距離はいくらもない。
真っ直ぐに、ためらいなく、ローニャはベルドットの胸に飛び込んだ。
抱きしめたペルドットの目が驚愕で開かれた。
肩を掴んで、ローニャを引き離す。が、その胸には鎧の隙間をぬって細い短剣が突き刺さっていた。
がくり、と膝をつく、ペルドットだがまだその目に闘志は失われていない。
「よしっ!いまだ、やつにトドメをさせ!」
一斉に動き出そうとした兵士たちの前に老人とその付き添いが立ち塞がった。
「これは、いったいどういう事ですかな?」
老人のものとも思えぬ眼光の鋭さに、兵士たちはもちろん、男爵や執事もたじろいだ。
「娘が逆賊である父親を討った。
それだけのことだ!」
「怒るでも泣くでもなく、いかなり刺すのは尋常のありさまとは思えませんな。なにやら妖しげな術でもかけていたのではありませぬかな?」
「・・・だったら、どうだというのだ、じじい。」
「先の娘さんの証言も当てにはならぬ、とそう言うことですかな?」
問い詰められて、男爵は焦った。いや思わず這いつくばりたくなるような感覚を抑えつつ、さらに叫んだ。
「き、きさまらも賊の一味と見た。
首魁のベルドットは重傷だ。構わん、全員討ち取れ!」
執事は懐から取り出した笛をふいた。
こいつもかなりやる、のは分かっている。だが後詰の兵が到着すれば数にものを言わせることが。
それに。
日は既に山間に隠れ、あたりは急速に闇が濃くなり始めた。
いざとなれば、あの方に。
ペルドットはなおも暴れるローニャを押さえつけようとする。
立ち上がったジウルが、指先でローニャを、落とそうとするのをペルドットが止めた。
「この方がいい。」
くたり。
意識を瞬時に失ったローニャの体をジウルが抱きとめた。
「見事だ、ジウル殿。」
ジウルの姿をしたものが言った。
ちなみに鎖は立ち上がっただけでバラバラになって地面に落ちている。
「さすがは魔道院ボルテック卿のお身内。
お怪我のほうは?」
「しっかり刺された。」
ペルドットの顔をした男は顔を顰めた。
「お主の娘、かなり心得があるのではないか?」
「大事はございませんか?」
「もう治った。」
風が吹いて、一堂の目をくらませた。
再び目を開けた時、ジウルとペルドットの姿は本来のものに戻っていた。
「見事ですぞ、ジウル殿!」
「ジウル!」
ドロシーが後ろから斬りかかろうとした兵士のふところに入り込み、腕を取って投げ飛ばした。
「ジウルさんっ!」
アキルが、取り敢えず老人の供回りの後ろにかくれた。
「さあ、ロクさん、シチさん、少し懲らしめてやりなさい!」
この言葉に渋い顔をしたのは銀級冒険者との触れ込みのガレルアこと、“闇姫”オルガであった。
「ええ? また殺したらダメなの!?」
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