第223話 ギムリウス出陣

第三校舎の、1階から3階までづ吹き抜けの廊下での出来事だった。


「ロウ」

まだらの蜘蛛の背に乗った少女が、天井から降りてくるのは、真祖たる吸血鬼であるロウ=リンドにしてもちょっと胸がどきどきする光景である。

逆さ吊りになった蜘蛛は、天井から糸で繋がっている。


一般生徒が見たらトラウマになること必至だろうと思われるのだが、ギムリウスもヤホウも気にしていない。

一回見たら、トラウマだったら慣れるまで見せればいい。どうせ、彼らはここで生活しているのである。ヤホウの魔法講座は、今のところ、ルールス分校の生徒しか参加していないが、高度な魔法知識、丁寧な説明と、無尽蔵の魔力による豊富な実演、授業態度の悪い生徒は食われるという噂による緊張感のある授業態度などが好評で、見学の生徒は後を立たない。


「これでもう一歩、受講生以外は食われるという噂になれば、生徒も増えるのではないか。」

とヤホウは、ゴウグレに相談したのだが、ゴウグレは難しい顔をして、

「それだと、あなたが討伐される可能性がある。」

と言った。

「冒険者学校の講師が討伐されたなどという無茶な話は聞いたことがない。」

「ヤホウ先輩」

ゴウグレは、魔王宮以外の外界を書物でしか知らない先達に、がっかりしたように言った。

「先輩のかっこよさは、人間にはわからないのです。」

「うむむ。」

格好いいも何も、ヤホウは、まだら模様の入った牛ほどもある大蜘蛛である。額の部分に人の顔をかたどったお面をつけていて、発声、表情、視線の動きなど全てのコミュニケーションを司ってくれるのだが、「そういう亜人」だと言う主張が、無理なのは、ヴァルゴールの使徒として、人の世に暮らしたゴウグレにはよくわかる。


さて、最近、ギムリウスは移動のときに、一緒の時は、ヤホウの背に乗っていることが多い。

なにしろ、蜘蛛なので移動が3次元である。建物から建物へ移動するときに、いちいち5階から1階まで降りて、また歩いてなどのまどろっこしさがない。

ギムリウス単体だと一応階段を降りるための二本の足がせっかくあるので、それを使っているのだが、ヤホウと一緒ならば構わないだろうと。

常識に欠けるギムリウスはそう判断したのだ。


「ルトとフィオリナからの連絡は?

ドロシーはどうしている?」


「転移なしに行くとミトラはけっこう遠いんだぞ。」

ロウは物分かりの悪い蜘蛛型決戦兵器にそう言った。

「ようやく、ミトラに着いたころだ。」


ギムリウスは沈黙した。


主人の気持ちを察したのか、ヤホウが顎をガチガチと鳴らした。

恐ろしい光景だった。

廊下をちょうど曲がっただ学生が、こちらに気がつき、声にならない悲鳴をあげて逃げて行った。


普通の学生ならともかく、冒険者学校の学生がそれでは如何なものか、とロウなどは思ってしなうのだが。


「わたしは思うのですが、ロウ。」

「何を思うのだろう、ギムリウス。」

「わたしは、ルトとフィオリナが好きなのかも知れない。」


ロウは吹き出した。

「そうだな。わたしたちはみんなそうだ。」


「わたしは好きな相手には近くにいて欲しいのです。」

「それはわたしもそうだな。」


ロウはちょっと考えたてから言った。

「実際、ルトたちが出かけてからまだ四日だぞ、ギムリウス。」

「わたしには、少し事情があります。」

ギムリウスは、ヤホウの面を覗き込んだ。

面は満足気に微笑んだ。

「わたしの体に生殖機能を備えたら、という話はしたと思うが。」

「そんな話はしてたかな?」

ロウは嫌な予感に怯えた。

真祖吸血鬼はめったなことでは、怯えりしないのだが。


「わたしやゴウグレとも相談いただいたのですが、とりあえず染色体の情報を混ぜ合わせての新生命体の創造は不確定要素が多いため、見送り致しました。」


それはそうだ。とロウは心の中で安堵した。

自分の子供を新生命体と呼ばねばならない状況での子孫繁栄はやめて欲しい。

ヤホウは得意げに進めた。

「創造主ギムリウスさまと相談の結果、擬似的なコミュニケーション手段として生殖活動の真似事ができるようにすればよいのではないかとの結論に達し、主の体はその機能を装備致しました。」


うーん。

蜘蛛の一部にことが済んだ後、雄を食べる習慣のあるものがいたよな。

ギムリウスは違うよな。


「次はその実験なのですが、マシューから被験体になりたいとの申し出を度々受けておりまして。」


ドロシーの婚約者は、なんというか。

邪魔だなあ、とロウは思った。

あれがいなくなるだけでもだいぶ、スッキリするのに。

そうか、きっとコトが済んだあとに、食べる種族なのだろう、ギムリウスは。よし、そうだ、そうに決まった。


「ただ主は、最初の被験体はルトさまを、希望されているのです。」


ルトは。

無理だぞ?

多少はルトの事情を理解しているロウはそう言ってギムリウスを諌めた。


「そんなことはないと思います。」

巨大蜘蛛型要塞のヒトガタはムキになってズボンのベルトを外した。

「真似事でいいのです。ただ快楽を司る神経も繋いでいる以上、好きな相手がよいのかと思われます。」


ロウは、ギムリウスの股間を見つめた。

・・・

えっと、これは男の子にあるというP--------だよな。

しかもロウの視線に反応してかそれはみるみる(以下略)。


「分かった。ここはマシューを被験体にしていい。わたしから、ルトやドロシーにはよく話しておく。」



むしろ、マシューの反応が楽しみでしょうがなくなったロウは、そう言ってるんるん気分でその場を去った。


あとに残されたギムリウスとヤホウは相変わらず天井からぶら下がったまま、通りかかる生徒の腰を抜けさせていたが。


「うん、やっぱりルト自身に直接的相談してみよう。」

「それがよろしいかと存じます。」

常識以外のすべての知識を備えた蜘蛛軍団の知恵袋ヤホウは、主にそう答えた。

「わたしが一緒ではミトラでは目立ってしまいますが御身おひとりなら大丈夫でしょう。」


ギムリウスもそう考えた。

そうだよね、転移で行ってちょっとルトと話をして帰ってくるだけだし。

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