第220話 鴎浪飯店にて
鴎浪飯店は、ミトラでも最新のホテルの一つである。昔ながらの1階にレストランとは名ばかりの酒を飲ませる席をもうけ、階数はせいぜい3階止まりの宿とは違い、鉄の骨組みをもった膠灰と砂利や砂を水でねって建材で造られ、余計な装飾を配して、直線的なデザインで構成されている。
照明はすべて、電灯を使ったこれも最新のものだ。
かと言ってそれが、やたらに見識だかいミトラの人々に受け入れられたかと言うとそうでもなく、鴎浪飯店は格式としては、二流どころであった。レストランも評判よく、部屋も二部屋の寝室とリビングスペースを備えた立派なものが多いにも、関わらずである。
夜半もすぎた頃に、部屋に戻ったウォルト少年は少し不満顔である。
長旅から引き続いての敵情視察は、彼にしても、すこしばかりこたえたのだ。
それを5階まで上がるのは、しんどかった。
知り合いの異世界人の言っていたエレベーター、あれを開発してもらおう。
そんなことを思いながら、部屋の扉をあけて隙間から体を滑り込ませる。
「ただいま!」
ウォルトの連れの少女は、起きていた。旅装はといていて、ゆったりした部屋着だったが眠っていた様子はそもそもなかった。
「お土産だよっ! ミイシア!」
ウォルトは、大事に提げていた包みをうやうやしく差し出した。
「『神竜の伊吹』のラウレスさんのステーキと海鮮焼き、こっちは焼き飯もあるよ!」
「教皇庁」
ミイシアは、そういいながら、包みを手に取った。
蓋を開けるとまだ暖かい料理から、食欲をそそる香りが立ち上り、ミイシアのお腹が、くぅとなった。
「ウォルトは食べたの?」
「うん、焼き飯を少しね。」
ウォルトは面白ろそうに笑った。
「今日は、試食会みたいなものだったんだ。出席したのは、ラウレスを招いた枢機卿閣下、聖女リリーラ、勇者クロノ、剣聖カテリア。」
先にナイフとフォークをフロントででも借りてくればよかった、とウォルトは思った。
ミイシアは、かなりお腹が減ったのか、躊躇わずにステーキに直接的かぶりついていた。
まあ、美人はなにをやっても美人なのだが、品、というものがある。
「どんな感じ?」
ステーキの1枚目は、細い体のどこに入ったのかもわからない。
2枚目にとりかかりろうとしたところで、ミイシアは思い出したように尋ねた。
「枢機卿は良くも悪くも俗物だ。
ラウレスが、もと竜人部隊の顧問だったラウレスだと知らないまま呼んだらしく腰を抜かしそうになっていた。」
「クロノとカテリアは?」
「ほとんど面識がなかったんで心配したけど、歳も近いし普通に仲良くなったよ。」
「あなたの仲良くがどの程度の意味かはよくわからないけどね!」
「なにを言ってるんだか?
カテリアは、クロノにぞっこんだよ。」
「ドロシーもマシューにぞっこんじゃなかったの?」
「ぼくは、カテリアみたいな強気でなんでも自分で引っ張らないと気が済まないタイプは・・・」
言ってて、まずいと思ったのか、ウォルトは言い淀んだ。
「わたし、ひとりで十分ってことかなあ?」
怖い笑いを浮かべながら、食べ物が入っていた箱の蓋の部分に、肉やら海老やら貝類やら、ラウレスが絶妙の火加減で焼き上げたそれらを盛り付けて、少年に差し出した。
「ほら。焼き飯しか食べてないんでしょ?
ナイフとフォークが欲しければ、わたしのトランクにあるわよ。」
「分かってて、手づかみで喰ってたのか!」
「わからないかなあ、ネコを被るのってお腹がすくの。」
「じゃあ、ラウレスは本当に料理のために呼ばれたのね?」
「それは間違いない。“古竜が術式を使って料理をした”というのが眉唾だったにしても、魔道の技をあんな風に使うなんて無駄遣いの極みだ。そして、格式だかい連中はそんな無駄遣いを贅沢だと感じるんだろ?」
ナイフとフォークは使っているものの、食べ物が胃の腑へ消える早さはミイシアに劣らない。
実はラウレスは、ウォルトや宿に待ってあるミイシアの分も料理を作る気だったのだが、彼の鉄板焼きは、枢機卿以下の皆様にも好評で、食材が足りなくなってしまったのだ。
追加された少し質の劣る食材で、いかにもついでのようなフリをしながら、作ったのがこのお弁当であったが、それでも充分に美味しかったし、二人ともお腹が空いていたのである。
「ラウレスが呼ばれた直接の理由はね」
ルトは(もういいでしょ?)海老のプリプリした感触を楽しみながら言った。
「クローディア大公が結婚の報告のため、大聖堂に参拝するんだ。その歓迎会で披露される特別料理のためなんだ、ってさ。」
「アウデリアといまさら?」
実の娘が、実質的な披露宴となるであろうそのイベントを本人から知らされていなかったことに、フィオリナ(こっちも、もういいよね?)は、眉にシワをよせながらそう尋ねた。
「アウデリアさんは人気があるんだ。実は英雄級ではないかと噂されている。」
「まあ、それ以外の相手ならぶっ飛ばすけど。」
自分の実の父親と母親が結婚するというは、改めて家族に相談するものでもないので、一応フィオリナは納得したのだが。
「それじゃあ、わたしたちでちょっとしたサプライズを仕掛けてやれるかもね?」
「それはどうかなあ。」
ルトは、フィオリナと自分のためにお茶を淹れながら言った。
「認識阻害の魔法が効いてる以上、実の親でもぼくらのことは、“ 似たような別人”としか認識出来ないからねえ。」
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