第221話 長い夜に

「もうひとつ、面白いことがあった。」

二人きりで初めて過ごす夜は長い。


実の父親と母親にも自分が分からないだろうということにショックを受けていたフィオリナに、ルトは気分転換をはかるかのように話を続けた。


「当代の聖女リリーラだけど、本物の生まれ変わりらしい。はっきり聞いた訳じゃないけど、枢機卿に勇者に剣聖の間では当然の事実らしく、会話の端々にそんなことが出てた。」


「確かに、興味深いね、それは。」


ルトが止める間もあらばこそ、フィオリナは、トランクから「クローディア家秘蔵のワイン」を取り出して。コルクをたおやかな指で引き抜いていた。


「当然、現在の教皇庁、いえ聖光教会には批判的よね?」

「枢機卿をまじえての食事の席ではそんな話が出るわけが無い。

でもそれを期待は出来る。」


ワイングラスは部屋に備えてあった。

テイスティングなしに、無造作に注がれたワインは、縁が盛り上がり、表面張力でわずかに溢れるのを防いでいる。

つまり、溢れるのを止めたければ飲むしかない。

そのグラスを、ルトに差し出して、自分の分は香りを嗅いでから、通常量をついだ。


「聖光教のはらわたを掻き回してやるにも核になるポイントが、必要になる。」


これからあとも、睦言がわりにこんな権謀術数を交わすようになるのだろうか、とふと将来に不安を感じるルトだった。


「教会の改革派の中心と自他ともに見なされている前ロデリウム公爵は行方が知れない。」


飲めっていうことかな。

ルトはしかたなく、ワインをとりあえず溢れる心配のないところまで、口をつけた。

すかさず、ワインが注がれる。ふたたびワイングラスの縁まで満たされたワインを、ルトは絶望的な視線で見つめた。


“ 酔っ払え、てことかな。”


「噂では、公爵家の精鋭騎士団のトップ“ナンバーズ”のお気に入りを引き連れて、お忍びの旅から旅の気まま暮しをしているようだが、実のところ教皇庁からの暗殺を恐れての行動らしい。」


「もともと、公爵位を引退したのも教皇庁の圧力のせいだと言われてる。」

ルトは、一口ワインを飲んだ。三度注がれる深紅の奔流。

「爵位を譲ったのはまだ十歳の孫だ。後見人はその父親。もう自分は公爵家にはなんの影響力もない、と。そう世間に公言したということだろう。」

「それでもなお、教皇庁は執念深く先の公爵の首を狙っている。」

フィオリナもワインの減り方はかなり急ピッチだ。目元がほんのり赤くなっている。

「そう、思われること自体が教皇庁にとっては嫌がらせになっている。

前ロデニウム公爵はかなりのやり手だ、な。

で、暗殺は本当だと思う?」


「エミリアとさっき少し話した。」フィオリナは悪い笑みを浮かべた。

「目が覚めたらウォルトがいないって泣きついたら、一緒にお茶をしてくれてね。なかなか面倒みのいい子よね。」


実はエミリアは年齢不詳である。

彼らよりも2つ3つ歳下に見えるのだが実はもっと年長の可能性が高い。

ルトのような魔力過剰による成長阻害でなければ、何かの薬物で成長を止めている可能性も高い。

なにしろ、盗みと暗殺を生業とするロゼル一族の副頭目である。

当たり前の女の子の可能性の方がゼロだった。



エミリアは、ノックの音で頭を起こした。

連絡係の男がいなくなってから、1時間ほどたつ。長いバスタイムも終えて、寛ごうと思っていた時だった。


「どちらさま?」


「先ほど、お話をさせていただいたミイシアです。」


エミリアは目を閉じた。呼吸音、体温、微量の魔道反応・・・などからミイシアが一人であることを感知したのち、告げた。


「ドアは開いてる。入っていいわ。」


ドアノブがガチャガチャと音を立てた。


「あ、あの鍵がかかってるようなのですが・・・・」


相手がエミリアに害意を持つものなら、瞬間に飛び込んで攻撃を加えようとしただろう。

そうでないと判断した上で、エミリアは詫びを言ってからドアを開いた。


「あの・・・わたし、少しうとうとしてしまって・・・起きたらウォルトがどこにもいないんです。」


少し年上の少女は泣きそうな顔でそう訴えた。



30分後。

二人はホテルのラウンジでお茶をしていた。ミイシアは恐縮そうに縮こまっている。


レストランは運悪く満席とのことだったので、軽い食べ物・・・クッキーとパフェも注文している。


「そりゃあ、慌てるのも無理ないわ。気にしなくていいのよ。」


泣きそうになるミイシアをなだめすかして、フロントに連れて行くと案の定ウォルトからの伝言が残っていた。


ラウレスさんと出かける。帰りに食べるものを買ってくるから待っててねっ!


駄竜が!

エミリアは心の中で罵った。ついに男の子にまで手を出すようになったか。

気を落ち着けたミイシアを食事でも、と誘ったのだが、あいにくレストランがいっぱい、さらにウォルトが何か食べ物を買って帰るとあったので、軽食にしたのである。


「エミリアさんは、旅慣れてらっしゃるのですね。」

ミイシアはクッキーを少し齧って、胸がいっぱいという風にため息をついた。

「わたしはどうも・・・いつも強気なことを言ってるようでも、ウォルトがいない、ただそれだけでこんなに取り乱してしまうなんて。」


「初めての土地だし、無理もないと思いますわ。」

一応、良家のお嬢様っぽい格好のエミリアは、一応そんな言葉使いで彼女を慰めた。


「失礼ですが、こちらにはお仕事で来られているとか。

エミリアさんのおうちはどんなものを扱っていらっしゃるのでしょうか?」


ああ。盗みと暗殺・・・・なのだが、そうも答えられない。


「まあ・・・一般的な商売です。特に決まってはおりませんが、希少な鉱物や美術品などを安く仕入れて、欲しい人に卸す仕事です。時には依頼主から発注を受けて、物品を確保することもあります。あとは、まあ、人材業ですか。特にいらない人にいなくなってもらう仕事を主にしております。」


「まあ・・・なんだか、後半はちょっと怖いみたいな。」

令嬢は明るく笑った。


「まあ、この街にはそれを専門にやっている組合・・・仕掛け屋と言うのがいますので、そちらに手を出すとろくなことにはならないのです。」


「じゃあ、こちらには今回、仕入れのお仕事で?」


「いえ・・・・」

エミリアは渋面になるのを辛うじて避けた。

「どちらかと言うと・・・返品ですかしら。発注した商品がキャンセルされたものでそれを返すために伺いました。」



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