第218話 ヘルムド山系の支配者

山を降りると盆地が開けており、ここを治めるというダルカン男爵の屋敷があった。

ヘルムド山系は、広さだけは広いが大半は、耕地には適さない。一応領主であるヘルムド伯爵サザールは、ミトラの東に位置する割合に豊かで交通の便利もよい平野部に役所を構えている。

主な産業は、領地内にある“駅”である。


彼の領地以外もこの辺りは豊かな穀倉地帯で、その集積は、ヘルムド伯領内の唯一の駅から、各地に出荷されるのだ。

ミトラまで運ぶよりははるかに、近くまた倉庫やその他もろもろの経費も、ミトラより押さえられている。


一方で金にもならず、人口も少ない山岳地帯は、代官としてダルカン男爵に任せきりであった。以前はランゴバルドからの街道があり、そこそこ人の出入りもあったのだが、魔道列車が開通してからはう使う者もめっきり減った。

まして、その間道ともなれば。


ダルカン男爵は、40を少しばかり越えたまだまだ男盛りと言っていい年代のはずだったが、言動は妙に軽い。


「旅の途中の皆のものには、大変迷惑をかけた。」


謁見室などという気の利いたものはない。

やや広め程度の居間である。調度はそれなりだったが、色はやや褪せていて張り替えか、買い替えが必要な、ものばかりだ。


ジウルは胡散臭げに、相手の顔を眺めた。


男爵閣下が言うには、彼らを村から追い出した治安官こそが、裏で盗賊一味と繋がっていたらしい。

「宿あらし」の一味を捕まえてくれとのう要請で、兵は出したものの、治安官もまた、被害にあったという宿の主人と称すると男もどうも様子がおかしい。

村人に聞き込みを入れると、なんとすでに、宿の主人も従業員たちも、盗賊に入れ替わっており、人質を取られた村人は、脅迫されて仕方なしに盗賊に従っていたのだと言う。


「事情がわかって、執事を走らせたのだが、もう戦いが始まってしまっていた。

君たちに怪我がなくてなによりだった。

隊のものにも重傷者の出なかったので、今回のことは水に流してもらいたい。」



テーブルの上には、紙幣の束がいくつか置かれていた。


「盗賊どもは逮捕した。奴らに加担していた治安官も、だ。」


「これは、ご丁寧なことを。」

好々爺の笑みを浮かべて、商会の会頭でいまは引退したグオンこと、先代ロデリウム公は礼を辞退しようとしたのだが。


「ご隠居さん」

人前で彼を呼ぶ時の供回りに倣ってジウルは、そう呼んだ。

「いただけるものは、いただきましょう。俺たちはご隠居と違って路銀が有り余ってるわけじゃないんだ。」


「しかし、これは多すぎる。」

先代ロデリウム公は、困ったようにジウルを見やった。

「まるで、荒事のひとつも、これから頼みたいような金額ですぞ。」


「いや、ご隠居どのはなかなか世慣れた人物とお見受けした。」


男爵はもう一つ札束を取り出した。


「あなたの付き人のお二人、拳法家ジウル殿、その弟子『銀雷の魔女』ドロシー、銀級冒険者ガレルア殿。よろしければ手を貸していただきたい。

盗賊どもを束ねる首魁を特定できているのですが、これを討伐するのに、手をこまねいているのだ。」


「はて?」

ジウルが首を傾げて見せる。

「ここでも兵士の百は動員出来るだろう。それに冒険者を雇えば」


「ここの冒険者ギルドのマスター、ペルドットこそが、盗賊どもの陰の首魁、親玉らしいのだ。」


「『獅子王』ベルドットさまのことは、わしのようなおいぼれの耳にも入って来ますぞ。引退したときいておました。黄金級に匹敵すると言われた冒険者ペルドットが、ここでギルドマスターをしているとは。」


「もともと、やつからは、引退後、のんびり暮らしを送りたいとの打診があったのだ。まさかこのようなことになるとは思いもせずに名誉職として、ギルドのマスターに任じ、わずかばかりではあるが、俸給がでるようにしてやった。」

「しかし、にわかには信じがたい話ですな。」老人は、どこかの大きな商家の引退した大旦那が、にわかにとんでもない打ち明け話をされたというよう風に、恐れおののきつつも興味津々といった様子で尋ねた。「ベルドットさまは、以前はランゴバルド、ミトラを中心に活躍されていたお方です。直接、面識などはございませんが、盗賊、野盗に身を落とすとは・・・」


「それについては・・・」

先に一行の戦いを止めに入った執事は、主の隣に控えていたが、口をはさんだ。

「彼はもともと、ここ、ヘルムド山系を挟んだ隣国、ククルセウ連合国の出身です。ベルドットの暗躍の影にはククルセウ連合国が関係していると、我々は確信しております。」


「それは・・・・」

と、老人は黙ってしまった。商会の会頭を勤めたことのある人物ならば、物流、人の流れについては、くわしいだろう。

聖帝国ギウリークは、現在ククルセウ連合国の隣国ではあったが、その国境はあまりにも険しく、不毛な山系がひろがり、そこを経由しての街道はついぞ開かれなかった。

物理的に越えることは可能であるが、それは商人やまとまった軍隊ではなく、未開の地を開拓する冒険者の仕事だろう。

そもそも明確な国境線すらないはずだ。道もないので関所もなく、軍が通過することもできないので砦もない。


「疑うのも無理もない。」

男爵は鷹揚に頷いた。

「依頼を受けていただけるならば、それなりの・・・我々が、ベルドットに謀反の意志あり、と判断したその証拠をお見せしよう。」


「少なくとも、俺は了解した。」

ジウルは、テーブルにおかれた札束を手にとった。

「俺は武者修行中の身でな。腕利きの冒険者とやり合う機会があるなら、喜んで応じる。」


「ふむ、ほかのものはどうする?」


老人はしかたなし、という感じで頷いた。

ドロシーは「わたしはジウルの弟子ですから」とだけ答え、銀級冒険者ガレルアこと闇姫オルガは戦いそのものがうれしくてしょうがないようだった。

旅役者のギンとリクは断ったが、「ならば事が済むまで、屋敷内から出ないように」と言われ、別室に案内された。


「仕掛け屋」の二人を除いた一行は、男爵と執事に連れられて、屋敷の地下に降りた。

地下とはいっても、明り取りの窓があり、それほど空気は悪くない。食料などがつまれた倉庫の隠し扉をあけるとさらに通路が続いていた。

通路の両側には小部屋がならび、それぞれ外から鍵をかけられるような作りになっている。


一番、奥の部屋の扉を、執事があけた。

左奥に天井の片隅から、光が漏れていた。ベッドがひとつあって、そこに少女がこしかけていた。夜着に似た白い貫頭衣のみ。長い髪は手入れをだいぶしていないようにぼさぼさに解れていた。


「ペルドットの娘だ。父親の所業を我々に通告してくれた。さあ、ローニャ、客人におまえの父がなにをしているか、話してくれないか。」


ローニャはのろのろろと顔こちらに向けた。


「わたしは、冒険者ベルドットの娘、ローニャです・・・わたしが見た、聞いた、父の所業をすべておお話します





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