第219話 殺陣ありき

ドロシーは、兵士の一人が矢をつがえこちらを射ようと構えるのを見つめた。

また魔法士が火炎球の呪文を構築しているのも見つめた。

すべてを俯瞰するように。


ああ、時間はいつもより、ゆっくり流れている。

わたしは、誰だ?

ドロシー・ハート。17歳。ランゴバルド冒険者学校の生徒。

妙な偶然が、わたしをジウル・ボルテックの弟子にした。そして、愛人にも。

不思議だ。わたしは、元主人であるマシューという少し頼りない男を愛している。ずっと彼を助けてそばに寄り添っていたい。

わたしの人生を変えてしまったルトのことが好きだ。好きで好きで堪らない。あの子も残念な婚約者がいるけど、お互い好意を持っているのはわかってる。ルトがその厄介な成長阻害から脱して、男女のことができるようになるまであと何年かかるのだろう。

それまできっとわたしは、いまよりずっときれいになるから。ルト。最初のはわたしにください。

ああ、ジウル。わたしを愛してください。あなたの声も仕草も肌も匂いもぜんぶ好き。

わたしを弄るあなたの指も、敏感なところを探してくれるあなたの舌も。

あなたの全てをわたしで包み込んでしまいたいの。ジウル、あなたの全てをください。わたしの全部をあげるから。


ああ、わたしは冷静だ。

すごく、冷静だ。こんなときなのに、もうわたしはもうジウルとの寝屋のことを考えて体を熱くしている。


無詠唱で紡いだ氷弾は、魔法士の男の喉に命中して詠唱を中断させた。のけぞった男の鳩尾に打ち込んだ氷弾で男は悶絶して倒れ込んだ。

同時に左手から打ち出した氷弾の方は、弓をかまえた兵士の大勢をくずした。

こちらは急所を狙うところまではいかない。


わたしの仲間たちはみんな強い。

ちょっと殺気をあてられただけで、わたしが濡れるほどに。

だから、飛び道具をもったやつだけ、始末してしまえば勝てる。相手が何十人いようとも問題ないはずだ。


弓兵までとの間には、剣をかまえた兵士がふたりほどいたが、そこはかまわずすり抜ける。

そんなことができるなんて、冒険者学校にはいる前は考えもしなかった。ルトがよく使う歩法という技だ。ジウルも使う。

人間の身体は次の動作にそなえて筋肉が動く、視線が動く。

それとは逆に、あるいは関係のない方向に動くだけで、簡単にひとは騙される。


弓兵は、弓をあきらめて腰の短剣に手をのばした。

その手をおさえるようにして、電撃を放った。強い力ではない。この一撃で失神させてしまう必要はない。だが、電撃は予期せぬ痛みを感じさせる。その痛みは次の動作を妨げる。

足をからめて、地面に倒す。倒しながら自分の体重をかけて、喉元にひじを落とした。


隊長らしき、ちょっとマシな軍装をつけた男がなにやら喚いた。


「銀雷の魔女」がどうしたこうした、と。

なにをおっしゃいます。いまのわたしはギムリウスのスーツは身につけてません、かよわい女の子です。

抗議の意味で飛ばした可憐な氷弾は、盾でふせがれた。


わたし目掛けて、複数の兵士が走り寄ってくる。槍をかまえたものもいる。武器をもった相手の対処法はなんだっけか。

戦わない、というのがジウルの教えてくれたことだった。そう、わたしの戦い方は、こちらのペースにはめればかなりのダメージを与えることができる。

だが、防御はてんでダメだ。それを補ってくれるのがギムリウスのスーツなのだが、今回の旅にでるにあたって取り上げられた。

ミトラの聖光教会にはギムリウスの糸のことは「今のところ」は知られたくない、らしい。


ジウルに助けを求めようと声をあげかけた。こういったところにドロシーに拳法家としての矜持などはまるでない。戦うものの誇りなども微塵もないだろう。

そう、それはある意味、強みでもある。


彼女がピンチになったのを察してくれたのは、いちばん、近くで戦っていた先代ロデニウム公爵の供回り、シチカ。厚みはあるが背は低い。剣士だった。

手に握った剣は鞘に納めたままだった。

突き出される槍を、軽々ともう片方の手でキャッチし、大勢をくずしたところを一撃。かぶとの上からだったが、相手の兵士は一撃で昏倒した。剣をもった二人はわざと斬りかからせておいて足を払う。倒れたところを踏みつけてて止めをさした。


たぶん、死んではいないのだろう。まるで稽古でもつけるような、いや親が子供に折檻でもしているような、余力のある一撃。それが十分、重い。


対してもうひとりの供回り、マロクは拳法家のようだった。

ジウル・ボルテックのような有無をいわせぬ剛拳ではなく、相手の動きにあわせてた投げを主体とした拳法だった。刃物による切り合い、刺突に備えた防具は、それ自体がかなりの重量にならざるをえない。投げ倒された場合は、かえってダメージを深くすることさえある。


闇姫は・・・・


アキルを守るように戦っていた。

巨大な鎌の刃は折りたたんだままだ。布でくるまれたままだとただの棒にしか見えないのは、なにかの魔道具なのかもしれない。

そのまま、相手を打つのだが、防具のない部分を正確に撃ち抜いている。柄の部分の先は、槍状になっていたが、そちらも鞘をつけたままだった。


マロクに投げ飛ばさた兵士が、それでも起き上がろうとするのを

「ふんっ!」

先代ロデニウム公爵閣下が杖をおとして、失神させた。


旅芸人姿のリクは、ギンを後ろにかばいながら、短刀を逆手に持って剣士と渡り合っていた。

一見、守るだけで精一杯の姿であったが、まだまだ余力が感じられる。

ギンは、頭巾をまぶかに被って、顔をふせていたが、それは怯えからではなく、不敵な笑みを周りに見せないためのように思えた。


「なにを女連れの素人どもに手間取っておる!」

隊長が叫んだ。その口のなかに、ドロシーは氷でつつんだ拳を叩き込んだ。

歯が何本かふっとび、ふっとぶ。


すでに当たりは打倒させた兵士たちがごろごろしている。

残ったものたちも、戦意を失いかけていた。


「さて、おぬしらは見たところ、そのへんの山賊ではなさそうですな。」

先代公爵閣下は、口から血を流しながら起き上がった隊長に詰め寄った。

「洗いざらい、吐いていただこうか。」


「ま、またれよっ」

戦場にかけこんできたのは、身なりのよい若い男だった。服装からすると、貴族家の家令か執事、その当たりの重要職についている様子だった。


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