第216話 聖女リリーラ


聖光教会は、ロウ=リンドが語ったような、偏狭な終末からの救済と亜人差別を声高に主張する教団とは明らかに様変わりしていた。

来るはずだった世界の破滅は、彼らが招いた勇者によるパーティ「栄光の盾」によって回避されたのであり、現在の聖光教会のたつ基盤もそこにある。

なので、そのパーティの中心であった「勇者」「聖女」「剣聖」は、それぞれの世に必ずすまれかわるものだとし、まったく関連性のない第三者にその称号を与え続けてきた。

実際のところは、これはたんなる名誉職となっており、皇族、貴族のなかで、たまたま代替わりのときに相応しい年齢、あるいはそれっぽい技量、あとは力関係で決まるものであった。

それまでは!


あろうことか、当代の聖女リリーラは本当に初代聖女ララ=リラの生まれ変わりだった。

彼女はいまでも、前回の勇者選抜試験のことを思い出す。


ミトラに集まった十歳前後の子供たち。一応このなかから、新しい勇者の生まれ変わりを探すことになっていたが、実はもう決まっていた。ガルフィート伯爵家の長女で剣に天賦の才をみせていたカテリアである。


だからこれはただのイベントだった。

最終試験。

これまでの試験でふるいにかけられた子供たち。


目の前の壁には、無数の絵画が展示されていた。最終試験はそのなかから、本当のララ=リラを描いたものを探しだす、というものだったが、筋書きは出来ていた。

説明が終わらないうちに、カテリアがつかつかと、前に出で1枚の絵の前にたち

「やあ、ひさしいな、ララ=リラ。」

そう呼びかけることになっていた。


彼女が、緊張しながら説明をきくこどもたちのひとりに話しかけたのも偶然である。

その子だけは、緊張と言うよりも、嫌がっているように見えたのだ。


「ぼくはこのまま、家に帰りたいんです。偉い人のおうちで小姓を務めながら学校に通うなんて、ぞっとします。」


ここまで試験に残った優秀な子供たちには、そんな、声がかかることもよくあった。


彼女は、そんな少年をみて、優しく微笑んだ。

「心配しなくてもだいじょうぶ。もしそんな話があってもいやなら断ればいいのよ。

だれもあなたに無理強いはしないから。」


少年はは顔を上げて、優しい導師の顔を見上げた。

利発そうな子だな、それに成長すればとんでもない美形になる。

そんなしょうもないことを考えてた彼女に、少年はびっくりしたように、目を見開いた。そして叫んでいた。

「ララリラ!千年後のこんなとこでなにしてる?

じゃあ、転生魔法は成功したんだな?」


それからの騒ぎといったら、もう。

本物が転生しているのなら、もう(少なくとも当代においては)作り上げた宣伝用の勇者など出る幕はない。


娘が勇者に内定していたガルフィート伯爵は「出来る」人だったので大騒ぎなどはしなかった。

むしろ教皇庁にひとつ貸しを作れることを喜んだはずだが、あっさりとちゃっかりと「剣聖」の称号を愛娘のためにもぎ取っていった。もともとが初代「剣聖」ガルフィートに繋がる家系である。これは誰からも文句は言い難い。


さて。

それからというもの、新たに勇者となったクロノに、聖女ララ=リラこと皇女リリーラは振り回されてきた。

当時の教皇、これは彼女な実弟だったが一年ももたずに降板した。

当代に本物の聖女と勇者がいるというプレッシャーに耐えられなかったのだ。

彼はまだ若くて、何十年かは安定して教皇を務めてくれると考えられていたので、皇室と教会は大騒ぎになった。

教皇は、皇室ならびにそれに血筋の近い高位貴族から選ばれるのだが、枢機卿による長い論議と諮問を経ないといけない。

名誉はあるが実権な乏しく、さらに公式には結婚が出来ず、嫡子ももうけられないという制限がいろいろとついてくる。

結局、公爵家の七男が新しい教皇になるまでに2年かかった。


記憶に新しいところだと、つい先日のクロノの出奔騒ぎだ。

グランダの魔王宮の封印が解かれるというので、訓練場に出入りしていた女冒険者(女!)に焚き付けられて、置き手紙だけ残して出かけてしまったのだ。

お目付け役のカテリアが止める間もあらばこそ。


そこからの情報は錯綜している。

クロノが無事にミトラに戻ってなお、錯綜しているのだ。

クロノ曰くは、第六層に賢者ウィルニアがいて、彼がすべてをおさめたくれた、というのだが、とても信じられない。

千年をこえてウィルニアがいる、というのは、まあ、ウィルニアだから、で納得できるのだが、あのウィルニアが周りを丸くおさめるなどありようがない!

当のクロノは、本物と断じているが、彼女としては実物に会って判断したいところだ。

そしてたとえ本物であっても、そうだと認めるかどうかはまた政治的な思惑がからむだろう。


先触れのものが、ラウレスとクロノの到着を告げた。

たまたま一緒の時間に着いたようだった。


思えば。

リリーラは遠い目をしている。

ラウレスの失脚のきっかけもグランダからだったな。

まったく。

魔王宮は全てに、ついてまわる。


なんとも複雑な表情のラウレスは、師団顧問時代より若作りだ。勇者クロノはカテリアを伴っている。

ひとり見慣れない少年がいた。

十代半ばくらいの綺麗な顔立ちの少年だ。ラウレスの弟子を料理の補助をするために連れてきたのだろうか。


リリーラはなんともいやな予感がした。

それは、なんの変哲もない村の少年に「久しぶりっ」と話しかけられた時のような。


得体のしれない不安感と期待感を持って、リリーラは彼を見つめた。

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