第215話 教皇庁

「ラウレスさんっ!」

ラウレスが、ホテルの玄関を出ようとしたとき、ウォルトが声をかけてきた。

旅装はといて、こざっぱりした格好で、背には雑嚢だけを背負っていた。


「やあ、ウォルトくん。美人の婚約者さんはいっしょではないのかね?」

「ミイシアは疲れたって・・もう眠ってます。」

そういうウォルトもやや疲れた顔をしている。長旅で横になって眠ることもできない列車の旅は、とくに乗りなれていないものにはけっこうな消耗をもたらすのだ。

「これからお出かけですか?」

「ああ、仕事の件で、さっそく呼び出しをくらってね。まったくいやになるよ。」

「残念です。もし夕食でもご一緒できれば、明日の観光の予定などいろいろお話できたのに・・・」

「おいおい」

ラウレスは笑った。

「いきなり観光かい? 住居探しはどうなった。」

「いろいろやりつつです。」


「外出するつもりだったのかな?」

「はい、どこか外で食事をしようかと。あと、ミイシアが食べるものとみつくろって買ってきます。まあ、明日まで起きないでしょうけど。

ラウレスさんはどちらまで。」


ラウレスはちょっと考えてから正直に答えた。

「教皇庁だ。たぶん打ち合わせだけで終わると思う。」


「あ、あの」

ウォルトの声にわずかに緊張がまじった。

「ぼくもついていってはいけないでしょうか?」


「いや・・・」

ラウレスはちょっと驚いた。

「かまわないが、帰りが遅くなっても大丈夫かな?」

「はい、フロントに言付けを残していきますから。」


ラウレスの答えもまたずに、ウォルトは駆け出して、フロントのマネージャーを捕まえて、あれこれ頼んでいる。


「伝言と、あとルームサービスを頼んできました。さあ、行きましょう!」


なんだか、ペースに載せられるなあ、とラウレスは苦笑する。ルトくんくらいの年頃の男の子に弱いのだろうか。


ラウレスは、馬車をつかまえて、教皇庁まで行ってもらうように依頼した。

「教皇庁は、ぜったい見学したいコースにはいってるんですよ。」

ウォルトは、にこにこと笑いながら言った。

「少し、下見もしたかったし・・・ちょうどよかったです。」


「観光するのに下見かい?」

「レイシアは、ぼくがもたついたりすると怒るんですよ。下見は必須です。」


ミトラの電化率は、ランゴバルドほどではない。ところどころは光魔法の光源で、それはさすがに電灯にくらべるといささか心もとなかった。

道も狭いところが多く、曲がりくねっていて、馬車は天蓋のない二人のりのものが大半だ。機械馬にまじって、ときどき本物の馬車も走っていて、ひさしぶりに戻った「人類の首都」ミトラは、いささか雑然としたものに、ラウレスには映った。


教皇庁が近づくと、ラウレスは緊張がはしるのを感じた。

いまの彼は、竜人師団の顧問ではない。いまの暮らしは決して嫌ではないが、グランダでの失態の責任をとって実質的に首になった身である。

彼を招いた枢機卿とやらが、顧問を首にした黒竜ラウレスと、ランゴバルドで絶賛のパフォーマンスをする料理人と同一人物か把握しているのかも定かではない。

だが、少なくとも聖女は、確実に事実を知っているようだった。


いずれにしても・・・


教皇庁の前の門番兵に、手紙を見せた。


「七時に参上するよう命じられました料理人のラウレスと申します。」

「弟子のウォルトです。」


ええ?

ラウレスは、となりの少年をみつめた。まあ、年格好からしても彼の弟子といっても無理はないのだが。


「ち、ちょっと・・・」

「はい、今日は打ち合わせだけだから、ここで帰るように言われてましたが、せっかくです。ぼくにもぜひ、偉いからにご挨拶させてください。」


門番兵は、揉め始めたふたりを胡散臭げに見始めた。


「おい、揉めるのなら別の場所でやってくれ。ここは正面玄関なんだ。偉い方たちもお通りになる。本来なら料理人風情は裏口から出入りするものだぞ?」


そうだった。ラウレスは昔の癖で堂々と正面からはいろうとしていたのである。しまったと思ったが、まあ、手紙もあるし、なんなら聖女のサインをいただている。

まかりとおるまでよ! それにしても目を輝かせているウォルトをどうしたものか・・・と困っていると


「どうしたの? 入ってもいいかな。聖女さまに呼ばれてるんだけど。」


後ろから声がかかった。


「勇者クロノさま! 剣聖カテリアさま!」


門番兵が背筋をのばした。

「どうぞ、お通りください。」


「ふうん・・・」

金髪の美青年は、ラウレスとウォルトを見た。

「・・・・あ・・・」

「ラウレス閣下!? 竜人部隊の!」

一緒にいた気の強そうな女剣士が、ラウレスに向かって叫んだ。


「これはこれは伯爵令嬢“剣聖”カテリア。」

できるだけ目が合わないようにつぶやいたのは、ラウレスなりの矜持というものがあったのだろう。


「ら、ラウレス閣下!」

門番兵が驚いたように言った。

「それでは、本日、聖女やビヨンド枢機卿にお食事を振る舞われるのは、ラウレス閣下なのですか?」


「そうだよ。」

ちょっとやけになったラウレスは、言葉遣いをややぶっきらぼうにして、呼び出しの手紙をぷらぷらさせた。

「早くしないと、食事の準備にさしつかえるなあ・・・ラウレス、ほか一名、通すの通さないの?」

「ど、どうぞ! 失礼いたしました。」


今のラウレスは、ただの料理人だし、最初の門番の態度のほうが正しいのだが、そこはノリと勢いである。


「やあ、ひさしぶりだね、黒竜ラウレス・・・なんだか、ランゴバルドの冒険者学校でひどい目にあったって。」

「いや・・・クロノ。それはホントの話でね。」

ラウレスは、以前だったら自分が負けた話など死んでもしなかっただろう。だが、いまの彼のまわりには、とんでもないのが多すぎた。もう勝つの負けるのが考えるだけでばかばかしくなるようなメンバーたち。

「・・・そのエミリアって子お棒術もそりゃあ、見事なもんだったんだが、そのあとだ。問題は。

ワンパンだぞ、ワンパン。竜鱗を展開してなお、一撃で悶絶だよ。で、そのあとの受験生をみたら、背筋が凍ったね。」


クロノは負け話を楽しそうに語るラウレスを、ちょっと心配そうに見守っていたが、これは精神のバランスがおかしくなったわけではなくて、ほんとうにふっきれたのだとわかると笑顔を浮かべた。

「・・・と、あんまりやつらのことは話しちゃいけなかったんだ。とにかくすごいメンツが揃ってるんだ。いまのランゴバルド冒険者学校には!

いや、グランダ魔道院との対抗戦で負けたじゃないか、と言われるかもしれないけど、あそこはね。」

「賢者ウィルニア、だろ。」

「そうなんだ、きみは会ったんだっけ?」

「ああ、グランダ滞在中に何度か。」

「じゃあ、彼が『本物』の賢者ウィルニアだってことも?」

「もちろん。」

勇者クロノは気障たらしく、片目をつぶってみせた。

「ぼくと千年前にいっしょに旅したときのままの姿だったよ。聖光教会にもそのこと手紙で知らせたし。こっちに戻ってからは、直接伝えたんだが、黙殺だな。

しかし、きみを冒険者学校で打ち込めしたのは、どんなやつだって?

そっちに興味がある。」


「いずれ、世に知られるだろう。グランダ出身の十代半ばの魔法使いの少年がリーダーだ。同じくらいの剣士の少年、二十代の竜人の美女に、ショートカットの女、もう少し年下の亜人がいる。」


「それは・・・・」クロノは声を低くした。「ぼくの知ってるパーティに似ているな。もう一人、とんでもなく美人の剣士の女の子がいなかったかい?」

「どうも後から合流したよ。いまでは、冒険者学校でいろいろ活躍しているさ。」


ラウレスが知るだけでも「いろいろ」は大変な「いろいろ」だったが、聖光教会のなかではそれは話せない。


二人が話がはずんでしまったので、剣聖カテリアはしかたなしに、連れの少年に声をかけた。

「あなたも人化した竜?・・・・違うわよね。魔力はいいものをもってるけど、人間よね。ラウレス閣下の弟子なの?」


「・・・ごめんなさい・・・嘘です。」

「はあ?」

腰に手をあてて、カテリアはウィルトの顔を覗き込んだ。

「ちょっとラウレス閣下! この子はなにものなの?」


「ああ、駅で知り合ったんだ。再来月からミトラの学校に通うそうなので下宿探しをかねて観光にきたらしい。

教皇庁がみたいっていうので、ここまでついてこさせたんだが、まさか中まで入ってくるとはなあ・・・」

「完全に不審者ね。」


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