第214話 道化師たちの企み

ここは確かにわたしの部屋だよね。

ロウ=リンドは、リビングのソファに陣取る少年を見つめている。


見かけの年齢は10代半ば。髭も生えていない中性的な顔立ちでだが、目のあたりに肉食獣のような凶暴さを感じて、背中がヒヤリとすることもある。


“魔王”リウ。


座ったところが自分の玉座になってしまうような不思議な圧があるのだ。


その「威」を感じているのか感じていないのか。アモンは、ギムリウスとあやとりをしていた。

アモンは冒険者学校の制服の両袖をちぎり、胸のボタンを開けて、見事な谷間を見せている。

ギムリウスは、ジャケットにパンツのスタイルを選び、こちらは線は細いものの、男子にも女子にも見えない、妙な魅力を発していた。


「今回は、ヤホウや神鎧竜どのには遠慮いただいた。」


リウが、ボソっと言った。つまりはこれは「踊る道化師」の内輪の会合であり、話されたことは他言無用。


「あと、ウィルニアが来たがっていたけど遠慮してもらった。」

アモンが、手を休めて振り返る。

網掛けの糸は、するするとギムリウスが巻き取った。


「当事者に近いルールス先生にも、だ。

いずれは報告するし、ひょっとすると助力もお願いするかもしれない。

だが、今はまだ彼女の心臓に悪い。」


だよね。

と、ロウは心の中で呟いた。


「それはそうだ。聖光教を敵に回すのは人類社会そのものを敵に回すことだから、な。」


淡々と、アモンが言ったがそもそもアモンは人類ではないので、割と口調は軽い。

彼女は、人間と、彼らが生み出すん文化は好きだったが、それは人類社会に動乱が起こることを断固、阻止すると言うものではなかった。

現在ある国家群が悉く業火の中に消え、街道はすべて草に埋もれたのちに再び人間たちが、集まり、都市を作り、そこに文化の芽が誕生するまで何百年かかろうと、それがどうだと言うのだろう。


「オレは魔王宮にこもってしまったのが1番早い。」

リウが言った。

「しかも、今の人類圏のはるか北。ほとんど氷と岩に閉ざされた地域が、オレの生まれ故郷だ。

ザザリも居を構えたのが、あの僻地だ。西域、中原の情報はなかなか入ってない。」


「なら、わたしだね。聖光教会の勃興に1番詳しいはずなのは。」


ロウはいやいや手を上げた。

リウは、にやっと笑って「期待はしてないが」と言った。


そこまで言われるとロウもできるだけ思い出そうとする気になる。


「リウたちが本格的な侵攻を始めるまでは、あそこは、手広くはやってるが悪目立ちするだけのマイナー教団だったぞ。」


「教義はなんだ?」


「終末思想のはずだ。罪深い人類に滅びのときがやってくる。一日も早く悔い改め。」


ロウはニヤリと笑った。牙に似た犬歯が目立つときは、好戦的な気分になっている証拠。


「すべての財産を教団に寄与して、信仰の道に入るべし。」


「面白くない。」とリウは断言した。面白いとか面白くないで教義を否定される聖光教会にかわいそうだったが。

「当たり前すぎてつまらん。」


「聖光教はそこに亜人差別を持ち込んだんだ。魔族、吸血鬼、獣人・・・穢れが魂まで達すると人は人から堕ちて亜人になる。亜人は人の堕落の象徴であり、徹底的に排斥すべしと。

まあ、自分が失敗した原因を他に求めたい連中は、どの時代にも一定層はいるから、広がりもしないが、なくなりもしない。

そうこうしてる間に、貴族や政治家にもそろそろと聖光教の入信者は増えていった。


失政や失脚の原因を自分以外に求めたがる層は、偉いさんにも多いからな。

だが、あくまで多数派ではなかったと思うよ。

当時、中原だけで国の数は五十を超えていたから、全部が全部そうだとは思わない。


聖光教会が、決定的に影響力を増したのは言うまでもなく。」


ロウは赤い光を放つ目で、リウを見つめた。


「魔族の西域、中原への侵攻だ。

奴らはこれを千載一遇の好機と捉えたんだ。これが我々の予言した終末だ。

破滅の使者、魔族と戦うことができるのは、聖光教のみだ、ってね。」


「ギウリーク聖帝国が、当時のギウリーク聖騎士団を核に立国されたものだということは知っている。」

リウは平然たるものである。

「その前に、オレの故郷の国そのものが、魔族差別から逃れた各国の魔族が寄り集まってできたものなんだが。

それで、当時から聖光教は己の神の名を明かさなかったんだな?」


「そうだよ。正式な教義では、聖光の神飲みが唯一の神。それ以外は、少々強い力を手にした精霊程度の位置付けだったからね。」


「わかった。なら、話はここからオレがしよう。」


ロウは、茶葉を紙に包んでお茶を入れ始めた。強い鎮静作用のあるアクロバ茶だ。今夜は眠れそうもない。


「一千年の昔はさておく。」

と、一千年前に世界を滅ぼしかけた男は、平然と言った。

「ここ百年ばかりのごギウリークと聖光教の動向を説明しよう。これは別に秘匿の資料じゃない。

近現代史の歴史の授業で習うところだ。」


「近現代史なら、わたしも取ってる。」

ロウがそういうと、アモンもギムリウスも手を上げた。


「オレ独自の見方、というやつだ。

とにかく、ギウリークと聖光教は、この西域の覇権を狙っている。」


「どの国も多かれ少なかれ、そうじゃないのか?」

人間文化に詳しいアモンがそう言った。


「そうだな。だが、やり口が全く一緒だ。まるで統治者が一人でそいつが信念に基づいて計画を実行しているかのように。」


「実際そうだからじゃないのか? 百の寿命は人間でも不可能じゃない。あるいは魔力の過多で、長寿を得たものが中核にいるのかもしれない。」


「なら、それは誰だ? 百年の間に王は11人。教皇は25人変わっているぞ。」


「そいつを見つけて暗殺でもするか?」

アモンが小馬鹿にしたような口調で言った。

「少なくともランゴバルドへの干渉は弱まるかもしれない。」


「それは下策だろうな。」

リウは直ちに否定した。

「暗殺は暗殺をうみ、各国間で緊張が高まる。オレたちが自由に旅をするのに百害あって一利なし、だ。」


「なら、どうする?」

このまま、際限なく続く攻撃を耐えるのみか?」


「まあ、聞け。」

魔王は、神竜の前に、湯気のたつカップを差し出した。

それ、わたしが入れたんだけどなあ、とロウは思う。


「オレはギウリークと聖光教のやり口をかなり高く評価してるんだ。

合法、非合法は関係ない。かならず相手の中枢を的確につく。犠牲も少ない。費用対効果も、高い。

いま、ランゴバルドに対する仕掛けもそうだ。ランゴバルドの強みが冒険者ギルド連合であり、その本部がおかれているのは、ひとえにランゴバルド冒険者学校があるからだ。それを看破し、その学長の首を、すげかえかけることに、成功した。」


「しかし、ルールス先生はまだまだご健在だぞ?」

「我々というイレギュラーがあったからな。そうでなければ、ルールス先生は暗殺されて、怒りったネイア先生に、ジャンガ学長一派は皆殺し。

あとに、今少しましな、学長が送られてくるだろう。」


「そこに至るまでの協力者は、体良く処分されるわけか。」

アモンは悲しげに首を振った。

「人間という種のなんと残忍で悪辣なことか。」


「処分されたくなくば、それに相応しい行動を示せ、というところかな。」

リウは、楽しげですらある。


「なら、これからわたしたちは、どうしましょう?」

ギムリウスが小首を傾げて見せた。

「ヒトガタの蜘蛛を大量生産して、守りを固めますか?」


「いや、もっといい方法だ。」

リウ陛下はなにか食べるものを、所望された。

そうだな、戦闘用ではなくてメイド用のヒトガタ蜘蛛を百匹ばかり貼り付けてもいいかもしれない、と、ロウは思った。

「おまえが相対する敵は、身を守るばかりではない。おまえと同じことができると教えてやるのさ。」


ロウは目を見開いた。


なるほど。


聖光教会とギウリークは、これまで常に仕掛ける立場だった。

彼らにとっては思いもよらないことかもしれない。


ひとつ。

こちらも反撃することができる。

ひとつ。

そして、その反撃は、ランゴバルドではなく、ギウリークの首都、ミトラで行われる。




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