第213話 うずまく陰謀

チェックインを済ませて、部屋に落ち着くと同時に、どっと疲れが来た。

列車の旅は悪くはなかったが、一度でこりごりだ。いや。

と、ラウレスは考え直した。

一緒の車両にいたのがエミリアではなく、たとえは、あのミイシアという少女だったら!

あれほどの美形は、フィオリナ以外に出会ったことがなかった。

フィリオリナだってあれくらい愛想良くしていれば、な。


ラウレスは、あのふたりの微笑ましい様子を思い出して笑った。

おそらくは、幼なじみなのだろう、お互いが気心のしれた親友同士。ただ結婚というものが目前に迫ると、はたしてこいつで本当にいいのか、が頭をチラつきだすのだ。

おそらく、あの様子では男女の、仲にはなっていないのだろう。


そんなことまで、気になるし、わかってしまうのがラウレスが変態竜と呼ばれる所以であった。


ルームサービスを頼むには所持金が気になる。

晩のご飯はさっきのミイシアという少女を誘ってみよう、できれば、ウォルトとエミリア抜きで、と妄想を膨らませたところで、部屋がノックされた。


ホテルのボーイであった。

「到着そうそう、お疲れのところ」済まなそうに、彼は言って手紙を差し出した。「教会からお呼び出しです。聖女さまのご署名があります。」


ラウレスは、ボーイにチップを、渡してさがらせると封を切った。

間違いない。

さきほど、ボーイは聖女のサインといっていたが、文も手書きだった。

グランダでの活躍もあますところなく、ご存知の聖女はもちろん、ラウレスの素性も分かっていて、ミトラへの帰還への詫びがせつせつと語られたいた。


今回、ラウレスを招いた枢機卿は、彼とは直接面識のない新参者で、もし可能ならば気付かれないにこしたことはない。


それて最後に、ふたりでもう一度会いたい、との一文も。

ラスレスが踊り出さなかったのは、聖女がそうそう、一筋縄では行かない、人物だと、知っていたからだ。


最後にもう1枚。

こちらは祐筆の手によると思われる事務文書。

今夜、7時に教皇庁へ出頭せよ。




「報告いたします。」


エミリアのほうは優雅でもう少し落ち着いていた。

彼女はまず、バスタブになみなみとお湯をはって、ボディソープを大量につかって泡立てた。

頭からお湯に浸かってから、湯を取り換えて、それを繰り返す。


「トカゲクサイ!」


「は?」

報告と今後の指示を仰ぎにきた部下は、突拍子もない答えに思わず問い返していた。


「せっかくの特等席にラウレスのやつがいたのよっ!

ランゴバルドからここまでずっと。最悪すぎ。」

「そ、それは!」


神竜の鱗を巡って争ったことのある黒竜は、部下の認識のなかでは敵同士であった。


「お怪我は!」

「大丈夫よ。いくらなんでも魔道列車のなかでしかけてくるほどばかではないわね。」


「いったいなんのためにミトラへ?

まさか我々の妨害をして、再び神竜の鱗をおのれのものに」

「まあ」

エミリアは、ぶくぶくと泡の中に鼻まで沈めた。

「それはないわねえ。」


エミリアは、ときどき「踊る道化師」の朝食会に参加させてもらっている。

鱗とか牙とか爪とか眼球とか心臓とかの集合体はたいてい向かいの席にいる。

ロウとならんで健啖家だ。ときどきフォークがのびてエミリアの皿からハムをさらって行く。

ドラゴンに生贄を捧げた古の民はこんな気持ちかとも思うのだが、食後の炭酸水を取りに行く時にエミリアの分も持ってきてくれるのだ。


「鱗1枚ちょーだいっ?」

って言えばくれそうな気がする。


そうすると、世界に5枚しかないとか、大聖堂やら博物館で後生大事にうやうやしく展示してるのもバカバカしくなってくる。


まして一度盗んだそれをまた返してこいだの。


やっばいつも通り、犯行予告はだすべきなのだろうか。


『うはははっ!我々は怪盗ロゼル一族。 盗んだお宝を返しに参上した! 』


エミリアは、泡の中に頭まで浸かった。

何を言ってるのかわからないが。言ってる自分もわからないのだから。







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