第210話 邪神さま、天にかわって鬼退治いたす!

一応、道らしきものはあった。

ただ、もともとのランゴバルド旧街道だって相当にひどいものだったから、この間道になるとところどころに目印の白石があるだけ。

道が分かれているところには、木の棒が虚しくたっている。行き先を示す看板はすでに地面におちていて、留めた釘痕から、たぶんこれはこの向きについていて、だからミトラの東部に出るというのはこっちだろう、と推測するしかない。

当たりは一行以外に行き来するものもない山中だった。

異世界人のアキルなどは「遭難」「行き倒れ」などということばが、頭をよぎったりするのだが、オルガはそしたら、野生動物でも狩って、しばらく山籠りもいいかな、と言い出し、ジウルが、なあにいざとなれば転移もある。

そう言って、アキルを安心させた。


ヴァルゴールとしては、転移などそれほど難しいものとは認識していなかったし、アキルとしてもこの世界にきてから、ギムリウスやロウなど「歩くのがめんどい」で転移をつかうものに囲まれていただので、そう思ってしまったのだが、言うまでもなく「肉体」を持った状態での転移は、はるかに難易度があがるし、ジウルにしても人数を連れての転移ではせいぜいマーカーをおいてある、グランダに舞い戻るのが精一杯だったろう。


とはいえ、全員にとって、なかなかこれはつらい道行ではあったのだ。

肉体的には一番、頑強なジウルも旅などというものは、その若い頃に行っただけであり、それから百年にわたり、もっぱら魔道の研鑽と宮中相手の権謀術策にあけくれてきたのだ。

整備された街道などはともかく、獣道とかわらないような山道はこたえた。

彼女の弁によれば、濡れ衣を着せられてひとり、逃げてきたというオルガであるが、その素行の悪さとはうらはらにお姫さま育ちであり、およそ、辛いこと、退屈なことには堪え性というものがまるでない。

ドロシーも、ロウやジウルといった半ば人外のものに鍛えてもらっているとは言っても、所詮は街でそだった。それもどちらかと言えば、座業でこつこつと勉強を積み重ねてきたインドアタイプだった。

アキルは身体を動かすのはすきなほうであったが、それはあくまで、女子高生の一般レベルである。

ヴァルゴールはすでに「身体を動かす」感覚すら忘れていた。


というわけで、一行はなんとか、日が落ちる直前に村にたどりついた。

一応、宿場めいたつくりにはなっている。

通りを挟んで何軒かの家が立ち並び、その中には「旅籠」とかかれた看板がさびしげに傾きながら、ゆらゆらと踊っていた。


入口でしばらく、案内のものもないままに、立ち尽くしていると、奥からシワだらけの小男がのこのことやったきた。

なぜそんなにシワだらけなのかと、よくよく、見れば苦虫をかみ潰したような顔をしている。

「お客さんかい?」


そうだ、とジウルが答えると、

「一人5000。個室が欲しけりゃ10000。前金だ。」


連れが女で無ければ野宿も考えたジウルだが、オルガが言っていた野盗とやらの情報もほしかった。

言われた通りに金を渡すと、

「奥の2部屋を使いな。

飯は囲炉裏に雑炊が煮えてるから勝手に食ってくれ。」

それから、やっと一行のほうをじろり、と見た。

「こんな辺鄙なところに女連れかい?」

「ああ。ギウリークに行くつもりなんだ。ここが近道ときいてきたんだが、どうも、ハズレだったようだな。」

「そりゃあ、おめえさんが騙されたんだよ。

地図には道がまともかなんてのってねえからな。」

「亭主はここはながいのか?」


ジウルが尋ねると旅籠の主は何がおかしいのか、けたけたと笑った。

「そんなことは、どうでもいいだろう。ほれ、宿帳だ。」

アキル

ジウルもドロシーもオルガも。堂々と本名を書いている。アキルだけは出身をグランダにしたおいた。

ごゆっくり、の一言もなく、ひっこんだ主はほっておいて、ジウルたちは炉端の部屋に行ってみた。


驚いたことに先客がいた。

引退した商人のご隠居といったふぜいの老人と、その供回りの屈強な男が二人、楽器を抱えた婀娜っぽい女が一人と、その仲間の男。これはおそらくは旅芸人の類だろう。


どちらが刺客か。

と、オルガとジウルは思った。


昨日泊まった宿場町では、名前を出したうえで行き先からそのルートまで公言して賑やかに食事をしている。

山道で襲ってこなかったところを見ると先回りしている公算が大だが、あるいはまだ情報がもれてはおらず、ずっと遅れているのか。

あるいは、彼らが宿場町の手前の山中で全滅させたものがとりあえずのすべてであったのか。


追われる身としてはこれがキツい。

行き交う者すべてが、刺客に見える。本人もキツいが人違いで殺される一般人はたまったものではないだろう。


二言三言、言葉は交わしたが、どちらもおかしな様子はなかった。

それぞれ、雑炊には手をつけず手持ちの携行食糧を腹におさめていた。

ジウルも雑炊を覗いたが、うまいまずい以前の問題だった。

彼は、闇姫に目配せし、食った振りをして、捨てた。

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