第209話 再戦!黒竜対ロゼル一族!

ラウレスは少しはしゃぎすぎていたのかもしれない。

魔道列車の旅・・・・旅といえるほどの長距離の移動は実ははじめてだった。

ほんの数駅・・・たとえば、ミトラからその衛星都市になら、なんども使ったことはある。だが、何日も列車にのるような旅なら、それは彼にとって飛んだほうがはやいから。


だから食堂車も備えた長距離列車は、はじめてだったし、高級ホテルなみのサービスが受けられるという特等席もはじめてだった。

寝室はそれぞれ、個室が用意されているが、それ以外の時間を過ごす場所として、ソファやテーブルのあるリビングスペースが用意されている。

テーブルは椅子は作り付けであるが、これは揺れる列車のなかとのことで、しかたない。食べ物、飲み物はここでとってもいいし、食堂車に移動してもよかった。

手荷物を寝室においてから、リビンスペースに案内してもらう。

人目で列車の関係者とわかるように、制服は独特であるが、マナーもきびきびした動作もホテルマンのそれを思わせる。


ここは共有のスペースとなるが、特等を使う人間などは限られるので、車掌は簡単な紹介を行った。上流階級の共有スペースはイコール、社交の場でもある。

どんなやつと一緒になるのだろうと、ラウレスは危惧していたのだが、同席者は、美しい少女だった。

ぱっちりした目に、ほんのり笑みをうかべた口元。

体つきはまだ女性としては未成熟なものであったが、まるで一流の芸術家の作った人形のように美しい。


ラウレスは、人間の文化、なかでも食の次くらいには、女性が大好物であった。

たしかに、秘事にはまだあと5年は早いだろうが、それ以外は完璧に彼の好みに合っている。


「紅玉商会の会長のお嬢さまです。こちらは、竜人のラウレスどの」

職業などを言ってしまうと必ずしも上流階級の人間には好まれないかもしれないので、ちょっとチートな種族である「竜人」とだけ紹介してもらった。


ビスクドールは、柔らかな笑みをうかべて、ラウレスを迎え入れた。

車掌にお茶だけ入れてもらうと、あとはこちらで、よしなにいたしますわ。どうぞ、職務にもどられて?


声もラウレスの好みである。


ラウレスが小躍りしなかったのは理由があって、その少女がエミリアだったからだ。




「蜥蜴、蜥蜴、変態蜥蜴、堕竜・・・」

とりあえず、一通り、ラウレスをののしってからエミリアは席をあけた。

「なんで、あなたが特等席に乗ってくるのよっ!」


お茶に口をつける間もなく、エミリアの罵声が飛ぶ。

スペースの外にはもれないような小声ではあるが、本気の罵声である。


「ミトラの枢機卿に招かれたんだ・・・料理人としてね。」

ラウレスは、妙に苦い、悲しい味のお茶をすすりながら言った。

「交通費と滞在費はむこう持ちなんで、リンクス・・・ああ、うちのマネージャーね・・が特等を使えって手配してくれたんだ。

エミリアは、どこへ行くんだ? 『特等席』で。」


「わたしは、正真正銘の『紅玉商会』の会頭の娘だからいいのよっ!」

「ひょっとして、会頭と怪盗をかけてる・・・・?」

「うま・・・くないっ! 別にただの偶然! とくかくわたしはけっこうお金はもってるのよっ! 名だたる怪盗『ロゼル一族』の副頭目なんだからね!」


エミリアは、お茶に口をつけて苦い顔をした。

「ちょっとしぶすぎ・・・でもケーキと合うかもしれないわね。シフォンケーキでも頼もうかしら。ラウレス、あなたはどうする?」


ベルを鳴らすと、とんできた給仕にケーキを注文する。運ばれてきたケーキと入れ直したお茶に満足したのか、エミリアはため息をついて

「わたしも目的地はミトラよ。あそこの大聖堂から盗んだ『神竜の鱗』を返してこいって頭領からの命令でね。」


ラウレスはちょっと考え込んだ。

神竜の鱗? 神竜の鱗?

きいたことがあるぞ。神竜っていえば、アモンさんことリアモンドさまのことだから、でもたかが鱗一枚をなんで盗んだり返したり・・・


エミリアはラウレスの反応に、いらっとしたようすで

「これはあなたにも関係のあることなんですけど? 手が空いてたら手伝ってほしいくらいだわ・・・いや、やっぱりやめて!

あんたに手を出されたらうまくいくものもいかなくなるしっ!」


「あ、その神竜の鱗っていうのは、アモンさんの鱗のことだよねえ。」

「あたり前でしょ! 神竜がそんなに何匹もうろちょろしてるもんですか!」


実はこのときすでに、神鎧竜レクスは、『一般常識』のクラスで使徒たちと一緒に授業をうけていたのだが、エミリアにはまだこの情報は伝わっていなかった。


「その鱗がなんだっけ?

アモンさんに頼めばそんなの何枚でももらえると思うんだけど」

「世界のパワーバランスをくずすなっ!」


どこからともなく取り出した金属の棒による一撃は、レクスでなければ脳漿をぶちまけていたかもしれない。


「って・・・いて・・・あ、思い出した。ランゴバルド博物館から盗むの盗まないのいってたあの『神竜の鱗』か!」


「叩くと思い出すのか、きさまあっ!」


「まあ、あれはあれ、これはこれで。」

ラウレスは本気で言った。

「正直な感想だが、落ち着くところに落ち着いたんじゃないかな。

ぼくは今の『神竜の息吹』の調理の仕事が気に入ってるし、エミリアたちも新しい首領『紅玉の瞳』を手に入れることができた。

深淵竜も居場所を見つけたし、次元竜二フフさんは引き続き、博物館の副館長をやっている。


一番、被害を受けたのは、たぶん、裸に剥かれたドロシーじゃないかな。」


「そ、そういう見方もできるけどねっ!」

エミリアはそっぽを向いた。

「仰せつかった『盗んだ鱗をもとにかえす』っていうのもこれはこれで難題には違いないんだけどっ!」


「なんらかの算段がついたから、行くわけだよね?

もちろんぼくに出来ることがあれば強力するよ。まあ、その・・・」

ラウレスは、心から残念に思った。いまの彼には権力もない。昔の知己は、逃げるように彼を遠ざけるだろう。

「・・・ぼくにはもう古竜としての力しか残ってないのだけれど。」


エミリアは目を丸くして

「・・・いや、それで十分、すごいんだけど。」

と言った。

何度か、人化したラウレスを打ちのめしているエミリアだが、止めを指すまでにはいたっていない。

それにラウレスには竜化という奥の手があるのだ。


奥の手、ではない。そちらがラウレスの本当の姿であり、おそらくそうなったラウレスにエミリアは抵抗の術はないだろう。


「まあ、なにかお互いに協力はできるかもね。」

エミリアはしかたなく、といったふうに頷いた。

「しばらくは休戦、ということにしといてあげるわ。」


最初から戦ってるつもりもなかったんだけどな、とラウレスは思った。

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