第208話 この世の悪はわたしが正す! 邪神と闇姫が立ち上がる!

「はあ?」

ジウル・ボルテックの顔は、若返ってからは珍しい渋面だ。


精神的にも肉体的にも限界だと思われたアキルが夕飯に所望したのが、焼き肉だった。


ジウルは自分が常人だと思ったことはない。

類い稀なる魔術の才は、よく自覚していたが、それに伴って、自分がある種途方もなくわがままで、場合によっては非常識な行動を取ることもわかっていた。


それにしても、あの惨事のあと、肉を喰う気になるとは!


ジウルは、酒の肴に肉を少しと、あとはこの街の名物だという辛い具沢山のスープを肴に、酒ばかり飲んでいた。

ドロシーはひたすら、肉と目を合わさないようにして、野菜を焼いていた。


健啖ぶりを発揮したのはアキルとオルガである。


運ばれてきた肉をとっとと平らげ、次々と追加を注文する。


「路銀の足しに」

と言って、事前に金貨を一枚渡してきたから、そう言う意味では、常識人ではあるのだが・・・。


そのオルガが言い始めたのである。


ミトラまでの道行で「世直し旅」がしたい、と。


「なんだ? 世直し旅って?」

「ああ、象牙の塔に篭っていたご老人にはわかりにくいかのう。

これは戯曲によく使われるテーマでな。多くの場合、その素性を隠した高貴なものが、旅の道すがら、その土地土地の不正を暴き、悪を撃ち滅ぼす。というものじゃ。


見せ場は、ほぼ決まっておってだな。

こちらをただの物見遊山の旅人、流れもの、行商人程度と侮っていた、土地の有力者や悪の組織の親玉、悪行の限りを尽くす領主などが一堂に揃ったところで、正体を表すのだ。」


「控えい、控えい、このお方をどなたと心得る。恐れ多くも銀灰皇国皇女オルガさまにあらせられるぞっ」


「・・・・そうそう、そんな感じ。」


“闇姫”オルガと“実は邪神”アキルは、すっかり気が合った様子だった。

肉もさっきから一緒に焼いている。


なにやってんのじゃ、アキル、肉が焦げるではないか。

待ってよ、もうちょっと焼かないとさっきの赤いのが連想されてオエって。

ばかを言うでない。おぬし、血まみれになって笑っておったではないか。

いやあ、かたじけない。(意味不明)


闇姫と馴れ合うな。邪神の分際で。

と、思ったが、ああ邪神と闇姫だし、いいのか。 

と改めて納得したようなしないようなジウルである。


「よくある勧善懲悪ものだろ? それくらいは知っている。」

ジウルは言った。

「で、それをやってどうしようと言うのだ?」


「実はわらわは、とっても評判が悪くて・・・・」


「知っとるわ! さっき刺客の出どころを聞いたら、『わたし以外全部』と言ってたな!」


オルガは大げさにため息をついた。

「そうなのだよ。

正直言って、銀灰皇国の全ての人類から狙われててのう。

皇太子派、公爵派、第一皇女派、中央軍団派、改革派、保守派、そば派、うどん派から満遍なく。」


「最後の二つは人類じゃなくて、麺類だなっ!」


「よく気がついたわなあ。幸いにも『闇姫の首を取ったものが、皇位継承権を得られる』って設定にして、出てきたものだから、みんな足を引っ張りあっているのだけれど。」


「なぜそんなふざけたことを・・・」


「だってほら。」

肉の脂のためか、唇がつやつやと輝いて見えた。

指についた脂をなめとるとニヤニヤと笑う。

「流石に一致団結されちゃうとしんどいじゃろ?」


「で、行く先々で悪を懲らしめてどうする?

おぬしの嫌疑は、皇帝暗殺未遂のはずだな。皇国と関係のないところで善行を積んで見たところで、なにも変わらんぞ?」


「いや、欲しいのは世間の評判。」

オルガは、さらに追加を注文した。

「知っとるか? ふだん悪いことばかりしてる奴が、ちょっといいことをしただけで、けっこう世間は持ち上げてくれるのじゃよ。」


オルガは、顔に塗った炭を落として、すっきりとした顔である。

ジウルは、魔道学院の総帥時代に、何度か彼女から弟子入りを志願されたことが、あった。

その性格の悪さ・・・と言うより、厄介ごとを背負い込みたくなくて弟子入りを断り続けた記憶がある。


当時は、まだ10代だったはずだが、彼の中ではその天才をしのぐものは、ルトだけだった。

そして、ルトが妙な不殺主義を貫いている限り、純粋な戦闘ならば、こいつが強い。


銀灰皇国皇女闇姫オルガ。


「具体的にどうするのだ。我々は、このへっぽこ勇者をミトラに送り届けるのように、ランゴバルド冒険者学校のルールス教官から頼まれている。

あまり、寄り道も回り道もしたくない。」


「そこらへんはまかしといて。下調べはしてあるんじゃ。」


年のわりに顔立ちが幼げなのは、身に宿す魔力量の多さのためか。美形揃いと噂の新灰皇国の皇室にふさわしい整った顔立ちである。

髪と目は、真っ黒でこれは銀灰皇国では、そうでもないが、西域の他の諸国では珍しい。


「この先の間道を入って山越えして、ミトラの東部に出る。道は険しいが日程はむしろ早くなるぞ。この山中にたちのよくない山賊が出るらしい。

村がいくつか廃村になり、残りのものも明日は我が身かと恐怖に怯えながら生活しているらしい。」


許せん!


天にかわって、この闇姫が鬼退治いたすっ!


よっ!いいぞ闇姫!


アキルが合いの手を入れた。


おいおい。


自分が常識人だと感じる日が来るとは、ジウル・ボルテックの長い人生の中でも初めての体験であった。

山賊退治、とやらはなんとかできるかもしれない。

だが、こいつは刺客に狙われながら、ミトラを目指しているのではなかったのか?


こんな酒場で大声で自分の出自を表明して、馬鹿騒ぎをしている場所ではないだろう。


だいたい、刺客どもも引きつれて、世直し旅を続けるつもりなのか?


思いながら、ジウルはある種の安心感も感じている。

こんなバカの従者に、邪神ヴァルゴールがいるとは誰一人気が付けないだろうと。






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