第211話 闇姫の魔術講義

「アキルよ!」

闇姫さんが真っ赤になっている。

「あのふたり、っていうのは、ああいう関係なのかっ!」


ぼろ宿の壁は薄いのだ。せっかく別に部屋をとってもこれでは意味が無いくらいに。


わたしは頷いた。

本当は、ドロシーさんには、元貴族のお坊ちゃまの婚約者がいて、ルトくんも大好きなのだが、目下、回数でいったら、ジウルさんだ。

不倫とか寝取られとか嫌いなひとはそもそも関わらないほうがいいタイプの女の子なのである。

それでいて、ぜんぜんそんなふうには見えないのだ。


闇姫さんの反応から、そこまで説明しないほうが良さそうだった。


「くそっ!ジウル・ボルテック!

わらわを散々、ふっておいて、やっぱり若いのがいいのかっ!」


「それって魔道院の総帥時代のですよね。オルガさん、当時おいくつ・・・」

「じ、じゅうに、かな。」

「だからじゃないですか?」


よかった。

いくらグランダの法のうえでも、ジウルさんが犯罪者じゃなくて。


「うわあ・・・」

オルガさんがちょっと引いている。

「あんなに喉の奥まで? おえっえっ。しかも」

「あ、あの、オルガっち、あんまりその、覗きはやめたほうが。」


「あ、あんなとこをあんなふうに!

くっくっくっ・・・

ボルテック・・・さすがは、わらわが師事しようと考えただけのことは」

「あんたは、なにをもって師匠を決めてるんですかっ!」

「そうではなくてっ!だな。」


オルガ姫は聞き耳と透視?をやめてわたしを振り返った。

「魔法というのは、発動に一定の動作を関連付けすることで、発動の確率や効果を上げることができるのじゃ。呪文なんかがその典型だがな。」


それは「一般常識」で習ったぞ。役に立つね。一般常識。

「例えば、解毒魔法の発動を、彼女の体をまさぐり愛撫する動作と関連付ける。」


「・・・・理屈は可能なんでしょうけど、なんでそんなことをする意味が。」


「彼女を気持ちよくさせながら同時に解毒ができる。」


「あまりにも使用範囲が狭すぎてすごい無駄なような気がする。」


「その通り。

例えば、使える状況はこうだ。晩飯に遅効性の痺れ薬を飲まされて、多分今夜寝込みを襲われることは目に見えている。しかし、若い肉体は何がなんでも彼女と一戦交えずにはいられない。そこで、彼女と気持ちいいことをしながら同時に、痺れ薬を解毒できる魔法を愛撫の動作に関連つけておく・・・」


「バカじゃないですかっ!それ。」


「そう、その無駄魔法をあっさり構築して実行してしまう。我が心の師はやはり天才よ・・・バカだけど。」


確かにねえ。


けど、夕飯に痺れ薬?

寝込みを襲われる?

わたしはどういうことか聞こうとして、よろけた。体が動かない!?


「ほら、口を開けられるか?

舌を出すんだ、アキル。」

オルガの手のひらから血がしたたっていた。

美味しいわけはない。

ちょっと塩っぱくて生臭い。

だが、ごくりと飲み込んだとたんに、体をおそったどうしようも無いだるさは、うそのように消えていった。




「すごいね!闇姫の血!」


「すごいじゃろ・・・と言いたいところだが、そうではない。お主の体が異常なのじゃ。

異世界転生者と言うのはほんとうかえ?


お主の体は、血を浴びたり、飲んだりすることで傷を治癒し、体を回復する力が備わっておるのだ。」


「そんな・・・」

そうだったら嫌だなあ、と思っていたが本当にそうなのか。


「わらわがお主の首を絞めていた殺し屋をバッサリやったときお主はほとんど死んでいたのじゃぞ?

呼吸ももちろん停止しておったし、舌と目玉は飛び出しかけて、首の骨も折れておった。

その状態だと、『停滞』魔法をかけて大きな治療院に担ぎ込むしかできん。

個人で治せる範囲を越えておる。


血まみれのお主が起き上がってきたときに、わらわはびびったぞ。

殺し屋どもを後回しにしてこっちからぶち殺さねば、と思ったほどに、な。」


しばらく、枕を被って大人しくしていると、隣の部屋はやっと静かになってくれた。

オルガっちの「うわあ、全部飲んだ」の意味は知りたくない。


それを待っていたかのように、廊下を歩く複数の足音。


「そろそろ、薬がきいてくるころだ。奥の部屋から始末する。

女はみんな上玉だ。顔には傷をつけるな。

男の方は殺さない程度に痛めつけろ。五体満足なら売り飛ばすさきはいくらでもある。」


おおっ!

分かりやすい悪役のセリフ。

夕食に薬が仕込まれてたってことは宿もグルだね!


「よしっ!闇姫、ちょっとお仕置をしてやりなさい。まだ仲間がいそうだから、くれぐれも殺さないように。」


なんで、お前が、指図を。

とぶつぶついいながらオルガっちが立ち上がるのと、部屋の戸が開くのは同時だった。


踏み込もうとした男の鳩尾に、オルガっちの鎌の柄の先端が突き刺さる。

と言っても、鞘をつけたまんまだ。

ぐえっ、と声をあげて男は悶絶したが死んではいない。

あれ?こいつ宿の亭主では?


唖然として棒立ちになった残りのメンバーを、ふっとんできた人体がなぎ倒した。


隣の部屋の戸をあけた連中の末路である。

「寝込みを襲うなんざあ、いただけねえなあ。」

ジウルさんの声だ。

「こちとら、女連れでちいっと、気がたってるんだ。拳はいてえと思うが堪忍な!」


カッコイイぞ!ジウルさん!

ドスドスドス。

鈍い音は三つ。廊下に出てみると、男が三人失神してた。ひとり一撃、二の撃ち知らずかい。

すごいな、ジウルさん。


「まったく・・・」

ジウルさんは、腰にシーツを巻いただけの素裸だ。

「弟子をかわいがるヒマもねえぜ。」

いや、あんたしてたよね!?

ぜったいしてたよね。


廊下の反対側にはまだ、一味の仲間らしきやつらが、ざっと五人。

今度は、全員武器を抜いている。


「く、くそっ!薬がきいてねえのかっ!」

リーダーらしきちょっとガタイのいいのが叫んだ。

「てめえらいったい何者だ!」


よしっ!ここ、お決まりの展開

・・・

わたしが口を開きかけたとき


「いったいなんの騒ぎですかな。」

さっき、夕食の時に、同席したご老人だ。

見るからに荒くれ者の男たちを目の前に堂々たる佇まい。な、なにもの!?

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