第205話 闇姫
人は死ぬ。
それはもう簡単に死ぬ。
忘れていた訳ではない。わたしは邪神だ。数えきれない供物を生贄として捧げられてきたヴァルゴールなのだ。
わたしは、血まみれの顔で笑っている。泣きながら笑っている。
わたしが呼んだわたしの「守護者」。正体もわからぬ女は、黒いマントに黒い具足。顔まで墨を塗り込んでいた。
夜ならいざ知らず。
まだお昼前だぞ。
風態も異様ならば持っている武器も異様だ。
それは、一言で言うなら死神の持つという鎌に似ていた。刈り取るのは農作物ではなくて、人の命。
そして、さらに異常だったのは、その行動だった。
鎌を担ぐようにして、するすると、ドロシーが倒した暗殺者のところによると、躊躇わずに鎌を振り下ろしたのだ。
血飛沫が上がる。
その様子に闘っていた暗殺者たちも気がついた。
「クソっ!」
暗殺者の一人が叫んだ。
「新手か。ここはひ」
引け、と言いたかったのだろう。
女の鎌が一閃、残月の赤い閃光がそいつの首を、いや鼻から上を切断して走り抜けていった。
ジウルの剛腕が、暗殺者の一人を宙に跳ね上げ、ドロシーの蹴りがもう一人の太ももをざっくりと割った。
足の脛に、氷の刃を生成している。
倒れた暗殺者に、女はするすると近寄ると、止めるひまもあらばこそ。
くるりくるりと鎌を回転させて、首を切断した。
「なんだ! おまえは!」
ジウルは、叫んだ。命を奪うことに流石に抵抗があるのかドロシーの顔色は青い。
女を見つめる目には恐怖の色があった。
「わたしが呼んじゃったんだよ。」
わたしを見つける二人の目に恐怖の色が・・・・
「わたしだよっ!アキル!」
「なんでそんなに血まみれに・・・」
「え? 全部返り血・・・」
「浴びすぎだよ!そんな趣味でもあるの?」
ジウルさんはさすがに冷静に
「ああ、そいつの鎌のせいか。」
「アキルさん、そいつから離れて!」
「いや、大丈夫・・・大丈夫じゃないけど。この人はわたしが呼んだ守護者だから。わたしやわたしの仲間に害を与えることはない・・・はず。」
なにを言ってるのか、分からないだろう。いや、わたしだってどんな原理になったいるのか分からないのだが。
わたしはとにかく、ピンチになると自分を護る者を呼べるのだ。
たとえばそれは、たまたま近くを竜に乗って飛行中だったルトくんたちの一行だったり。
残念仮面こと、クローディア大公国のフィオリナ姫だったり。
名もしれぬ殺人鬼だったりするのだが。
「とにかく、ひとりは残せ!
事情を聞きたい。」
「事情は、わらわが説明しよう。」
鎌がくるん。
刃の届く距離ではないが、最後の一人も縦に二つに避けた。
喉の奥から、苦くて酸っぱいものが、込み上げてくる。
ちくしょう。
邪神さまの下界での初ゲロである。
信徒どもは心して崇め奉るように。
「こやつらは、自分でも名乗っていただろう?
銀灰皇国の闇姫と恐れられたオルガ王女が、ランゴバルド経由でギウリーク聖帝国を目指している。それを、亡き者にしようとしたのが、こやつら、よ。」
女はカラカラと笑って、大鎌をトンと地面についた。
カシャッという音がして刃がたたまれた。
「この血まみれ脱糞ゲロ女は、闇姫と、間違えて襲われたのだろう。
それとも本当にオルガ王女殿下でありますかえ?」
わたしは口元を拭って、立とうとしたが、そのまますべって血溜まりに倒れ込んだ。
「アキル!」
ドロシーがお湯のボールを呼んでくれた。シャワーの要領で汚れを少なくとも部分的には洗い流してくれる。
「ほうほう。アキルと申すか。」
女は笑う。悪意がなくても気持ちのいい笑いじゃない。
そんな笑い方を、するやつはたくさんいた。それは、こちらを、見下した笑い。
絶対強者の笑いだ。
「腰が抜けたと見えますが?
もそっと、鍛えた方がよろしいのでは?」
「やめろ、オルガ姫。」
ジウルさんが唸るように言った。
女は怪訝そうな顔で、ジウルさんを見つめた。
「はて? ぬしには会った記憶がないが、どちらの無頼ものじゃろうが、拳のキレはなかなかだの。」
「オレはジウル・ボルテック。」
女は目を見開いた。
「グランダ魔道院の妖怪の血縁かえ?」
「本人だ。」
女・・・ジウルさんの言葉を信じるならば、白銀皇国という国の姫君らしい・・は、まじまじとジウルさんの顔を見つめた。
やがて、プッと吹き出し、だんだんとその笑い声は大きくなって、しまいには腹をかかえて笑い出した。
「な・・・なにを・・・血迷って、若作りなぞ。しかもわらわ好みの・・・なんじゃ、あれだけ、わらわの弟子入りを断っておきながら、ほんとうはわらわが欲しかったのかえ?
ボルテックどの?」
「この姿になったのは、少々込み入ったわけがある。
おかげで、魔道院のほうは、ひとに任せて、しばらくは西域を回るつもりだ。」
「ぬしが急に引退したとかいう話はきいておる。」
オルガ姫さまは真面目な顔で言った。少なくとも対等に話せると思った相手には、いくらかまともになるのだろう。
「あとを賢者ウィルニアを名乗る若造にまかせたときいたときは、耳を疑ったがの。」
「本人だ。」
ジウルさんは、この姫君をあまり好んではいないみたいだ。それはそうだろう。問答無用でばさばさひとをぶった斬るような相手とは、あんまり付き合いたくはない。
「オルガ姫。死体を片付ける。手伝え。」
「わらわがやるのかえ?」
「死体にしたのは、おまえだろうが。」
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