第204話 峠に咲いた紅の華
囲まれてしまった。
わたしは、四方に目を走らせたが、揺れる草むらが風のものなのか、ひとのものなのか、区別がつかない。
とりあえずとした、剣の柄に指を掛けて、1センチばかり、剣を抜いた。おおおっ!指切ったぜ。
わたしの体はなにしろ、邪神さまの依り代につくられたので、めちゃくちゃ、頑丈で果てしなく不死身、のはずだ。
でも普通の人間があたりまえにもってる自動治癒の性能がない。
血は止めようと思わなければ流れ続けるし、傷は治そうと思わないと治らない。
これは、剣術よりさきに、回復魔法だな、とわたしは、思った。
危なくって転ぶこともできないじゃないか。
ドロシーは無数の氷塊を作り出すと、周りの草むらに適当に打ち込んだ。
さすがはドロシー。なんか敵の居場所がわかる魔法があるんだな。
と、思ったが要するにアレだ。
下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。
草むらのなかから、ぐえっ、とかぐうっ、とかいう苦悶の声が聞こえた場所にドロシーさんはさらに、先端を尖らせた氷の剣を打ち込んだがこれは外したようだった。
ジウルには、二人同時に殺し屋が襲いかかった。一人は短剣。もつ一人は指の間に太い針のようなものを挟んでいた。
ジウルさんとドロシーが、それぞれの敵を相手どって戦い始めた瞬間!
「闇皇姫オルガ、お命頂戴っ!」
うん、いきなり人違いだね。
体を沈めながら、相手の足を払った。
「全部は殺すな!
事情を、聞き出す」
ジウルの声は余裕すら感じる。
ドロシーはと言うと、体の周りに尖った氷の短剣を、並べて浮遊させていた。
いつでも発射できる、という牽制なんだろうけど、逆にいうと先に展開させちゃったら、交わされやすくならないからと思っていたら、草むらから現れた人影に、ドロシーさんはいきなり突進した。
相手の間合いに入った瞬間、体を沈めてコマのように回転しながら、相手の顎を空に跳ね上げる。
浮遊する氷塊に気を取られたいた相手の意表をついたのだ。
次の相手にも、同じように突進。仲間がやられたのを見ていたそいつは、ドロシーさんの動きに注目。その瞬間に。
ずドドドドどっ!
氷の礫がそいつを打ち据えた。
膝がしら、鳩尾、鼻先。結構打つ場所を選んでるので、一撃一撃が重い。たまらず二人目も昏倒した。
ジウルさんってば楽しそう!
短剣と針(おそらく毒あり)を余裕をもってかわしている。
でも欲を言えば楽しんでないで、こっちを助けて欲しいんだよね。
わたしが足を払った殺し屋さんはすごい形相で起き上がってきた。
頭を打ってると思うんだけど、戦意を失った様子はない。
この人の獲物は、ナタみたいな短剣だった。分厚くって、切れ味よりも重さで叩き切るタイプの刃物だ。大きく振りかぶったので、また体を沈めて、今度は膝を蹴った。
膝には皮の当て物をしていたので、よろめきながらも苦痛を堪えて、ナタを振り下ろす男。
避けたひょうしに、木の根に躓いたわたしは、派手に転んでしまった。
頭からダイブする形のこけ方だ。いちばんやってはいけない自分の顔をクッションにするやつ。
目の中で火花が散る。身を起こそうとしたら、どろっとしたものが鼻から溢れた。
振り返ると男もよろけている。さっき、転んだ拍子の頭を打ったのが効いているみたいだ。
よし、体勢を立て直して。
突然、わたしの息が止まった。
何か。紐のようなものがわたしの首に巻き付いている。
そのまま、吊り上げられた。
よく窒息までは時間がかかるけど、首の動脈を絞められるとあっという間に意識がなくなるって言うけど。
どう言うものか、わたしはぜんぜん意識が飛ばない。
舌が口の中から飛び出て、目の前が暗くなった。このまま、死なせて欲しいような苦痛。体が空気を求めて痙攣する。指が喉を締めるける紐を緩めようとしたが、わたし自身の全体重をかけて締まっているのだ。
びくともするものではなかった。
ドロシー!
ジウルさん!
わたしはバタバタと体を揺らす。頚椎あたりが変な音を立てた。
「しぶとい。」
頭上から聞こえたのは女の声だった。
たぶんわたしやドロシーとそんなに違わない若い女の声。
「首を切り落とせ! アデア!」
男の声が叫んだ。
「闇の皇女だ。首を絞めたくらいじゃ死なねえのかもしれない。」
ひ、ひと違いですよお。
声が出ないわたしは、とりあえず、顔の前でバッテンを作って違うってことをアピールしたのだが。
「クソっ! 効いてない。早く刺せ! アデア。」
効いてる効いてる。苦しいし。うぎゃあ、目ん玉が飛び出してきたあ。その途端。
生暖かいものが、上から降ってきて、その液体に塗れてわたしは落下した。
痛い。
受け身をは取ったつもりだけど、痛い。
地面は、芝草とかではなくて、木の根とか岩が剥き出しのゴツゴツした山道だ。
脇腹を打ってうめくわたしの前に。
どさっ。
落ちてきたのは、今までわたしを絞め殺そうとしていた女殺し屋なのだろう。
首と、胸部、腹部、下半身。
全部バラバラだった。
わたしの目の前に首はごろんと転がった。
ぽっかり空いた口は何が起こったのかわからなかったみたいだった。
開きっぱなしの目から、涙がつうっと流れた。
ああ。
死んだな。
とすれば、わたしが塗れているこの赤い液体は血、なのだろう。
立ちあがろうとしたが、ぬるりと滑った。
見上げたわたしの頭上。木の枝に立ってわたしを見下ろす影もまた女のものだった。
黒い顔の中に三日月が開いた。
笑っている。
女は笑っている。
殺したのがうれしくてしょうがないのだ。
血と臓物と。それらが醸す臭い。
多分そのなかには、わたし自身の排出したものもまじっている。
失神寸前まで首を締めあげられるっていうのは、そういうことだから。
「おぬしが、銀灰皇国の闇姫オルガ姫か。」
影の女はがそう言った。
「噂通りの美人だな。血まみれがよく似合う。」
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