第177話 峡谷に潜む罠!戦士を待つのは生か死か!

闘争が、楽しくて仕方ないのは、向こうも、一緒だったらしい。

巣、全体に現れた蜘蛛は、数百匹。

ひとつひとつは大型犬なみの大きさだった。


かつて、魔王宮でみたギムリウスのの蜘蛛軍団を思わせた。

表皮は燃えるような赤色をしていたが、変異体、つまりギムリウス風に言えば特異な能力を付与されたユニークはいないようだった。


だが。

蜘蛛の群れは、あきらかに統率された行動をもって一斉に巣から飛び降り、ぼくとボルテックを囲んだ。

「一個体ごとの強さに上限はあっても集団となれば話は別だ。」

ゴウグレの言葉は聞き取りにくい。

あるいは、人間のような発声器官をもっていないのかも知れなかった。

「これは北の魔狼の群れが狩りをするのにヒントを得た紅蜘蛛滅殺拳!

蹂躙されて死ぬがよい。」


ぼくらの周りを高速で回転する蜘蛛の群れから数匹が飛び上がった。

まかせろ。

と、ポルテックが飛び上がった。


意味は、こっちはまかせろ、だった。


上空の蜘蛛に気を取られたスキに、地を這う動きで殺到する蜘蛛に向き直る。ぼくは。地面に足を打ち付けた。


地を這う振動が蜘蛛たちの体を、一瞬、中に浮かせた。

同時に投擲した短剣は、八本。

ヨウィスの糸が着けられたそれは、蜘蛛とぼくの間を二往復し。

都合16匹の蜘蛛が死体となってころがった。


飛び上がったボルテックは、両腕に巨大な氷の剣を生成していた。

一閃。

バラバラになった蜘蛛の破片が体液が、血を濡らす。


「かかれっ!続けてかかれ!!」

ゴウグレが叫んだ。

どうしたんだ、もと、ギムリウスのユニーク個体、いまはヴァルゴールの12使徒ゴウグレ。

おまえは配下の蜘蛛にいちいち声を出して命令しないと動かすことができないのか?

そして。


知性もなく、そんな雑命令でしか動かせない蜘蛛は、集団のコンビネーションといってもたかが知れている。

ぼくは流水の動きで蜘蛛共の顎を、爪を躱しながら短剣で蜘蛛の複眼を貫き、ボルテックの剛拳が次々と蜘蛛を粉砕していく。


ゴウグレが喚いた。人間には分からない、発音できないその声に、蜘蛛どもはビタりと動きをとめて、後方に下がった。


「なかなか、やるな。」

声に感情を込めるのも、テクニックのひとつだろう。ギムリウスはそんな事だって上手いのだが。

ダメだ。こいつはダメだ。

見ると、ドロシーが立ち上がり、白い短剣を自分の喉元に突きつけていた。


笑った顔はん熱に浮かされたよう。目は焦点を失ったままこちらを見つけていた。

かなりゾッとする眺めだった。ぼくとボルテックでなければか泣き叫んでいたかもしれない。


「ジウル! ルト!

無駄な抵抗なんかやめて、一緒にヴァルゴールさまの下僕になろうよ。

わたし、あなたたちの子を産むから。

何人も何人も産むからさあ!

みんなで一緒にヴァルゴールさまに未来永劫。お仕えしようよ。」


「どうだ。すてきな提案だろう?」

ゴウグレが、キシキシと何かを擦るような声で言った。

「わたしの提案は、さらに素晴らしい。

このままランゴバルドに戻らず、我々の邪魔をせずに立ち去るという条件で、この女を解放しようと思う。

ヴァルゴールさまの目の届かぬところで、平穏に暮らすがいい。


ただし。」


ゴウグレは、ドロシーの首に手をかけた。手袋に包まれたその形状は定かではないが、少なくとも指は備えていた。

そのままドロシーを上に向かせた。ドロシーは相変わらず、濁った目でゴウグレを見つめた。


「ああ、偉大なる使徒さま。早くわたしをあの者たちにP――――する用にご命令ください。

わたしはもう・・・全て準備ができているのです。」


「ただし、一人だけだ。」


ぼくとボルテックは目を合わせた。



「この女を連れてここを立ち去ることができるのは、一人だけだ。」


ゴウグレは繰り返した。


「戦え! ボルテック! ルト!

お前たちの腕前は、互角と見た。どちらかが死ぬまで戦え。

残った方に自由と、この女を与える。」


ドロシーは、自分の構えた白い短剣をしゃぶり始めた。

「早く・・・早く・・・ください。それでないと」


鋭い刃のついたものをそんな、なめ方をすると。

ドロシーの舌がきれ、唇が裂けて血が滴る。


・・・まあ、そうなるな。

だが、ドロシーはかまわずに、短剣を口腔内に突っ込んだ。ほおが裂けて短剣の切っ先が飛び出た。それでも彼女は、舌で味わうのをやめようとはしない。

だらだらと血と唾液の混じった液体は、胸元まで濡らし始めていた。


「ルト。」


決心したように、ボルテックが振り向いた。


「この状態では戦うしかあるまい。」


正気ですか?


ボルテックは、構えた。

左手を開き、手のひらを上に向け、右手を鉤爪のようにその上に開く。

見たことのない異形な構え・・・ではあった。

いや、見たことがないのは、実戦での話であって。


「お主も、我が流派を流れを汲むものならこの構えの意味を知っていよう。」


あのなあ。ボルテックの妖怪じじいよ。お前の流派は我流で、ついこの前に初めたばっかりだろう?

なにが我が流派だ。なにが流れを汲むもの・・・・だ。


でも、ぼくは、とてもしっかり、彼がやろうとしていることがわかってしまった。

グランダの男の子なら誰でもわかるよね。


なので、ぼくも大仰な構えをとりながらこう宣言したのだ。


「・・・奥義の限りを尽くさねば、この俺は倒せんぞ。」

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