第176話 悪党どもに明日はない!ランゴバルドは地獄だぜ!!

悪いことはいつも大挙してやってくる。

我が婚約者の異名のひとつであるスタンピートみたいなものだ。

ぼくが、例のギムリウスのアイテムを片手に校門を出たところで、ボルテックと会った。


妖怪じじい(いまはじじいではないが)は、明らかに寝不足のようだった。

「昨夜はお楽しみでしたか?」

テンプレのセリフをたたきつけてやったが、曖昧な顔でこちらを眺めている。


「どうしたの? じいちゃん。下半身だけ年相応に戻ったとか?」


「ドロシーが帰っていない。」


「ぼくはなんにもしてないですよ。」


「わかっている。使徒どもの手に落ちたようだ。」


ボルテックは、腰の小袋をあけて、中身を見せた。

手、だ。正確には人間の手首。


もっと正確に言うならば、ドロシーの手首だ。

それはひっきりなしにぴくぴく、ばたばたと動きながら存在をアピールしていた。


「繋がってますか。本体と。」


「そうだな。本人はまだ生きている。だが、無事ではない。」


地面におろしてやると、手首はさっそうと、地面を掘り返しはじめた。爪が剥がれ肉が削げ落ちても嬉々として地面を掘り返して文字を紡ぐ。


「わたしの無能で無力な師匠のジウルとルト。

偉大なるヴァルゴールの使徒ゴウグレ様が、あなたたちを招待してくれるって。

今日の三時。エリット峡谷のラオ滝まで来てね。こないとわたしはこいつらにバラバラにされて肉片の一片一片まで犯されてしまうの。

わたし、いまとっても刺激的なかっこうだから、ほかのひとには来てほしくないなあ。じゃあ待ってるね。」


ボルテックが、治癒魔法をかけた。

手首の損傷は消滅したが、手首はまた一文字目から文字を掘り起こそうとした。

その手首を掴んで、小袋に戻す。


「最初はおまえと久々の逢瀬に時の経つのも忘れたのかと思ったのだがな。」


「フィオリナがいるんですけどね。」


「そんな見境のつく女でもないし、な。」


そう言って歩き出した。

ついて来い、とは言われなかったが、ぼくは黙ってあとをおった。


しばらくは二人、無言で歩いた。


「文字はあの子の文字ですね。」

「気がついたか。あれは間違いなくあの子の筆跡だ。そして、どこで放たれたかはわからんが、自分で俺の泊まっているホテルまでたどり着いた。」

「つまりは、本体は人格を保ったまま、やつらの支配下にあると?」

「隷属の神だからな。やつらは。

それは?」

「使徒の居場所を指し占める羅針盤のようなものですよ。昨日、ドロシーにあなたの分の含め2個持たせました。」

「まずいな、それも」

ボルテックは顔をしかめた。じじいのときにやっていた表情をときどきするのだが、それがいちいちかっこいいので、ぼくとしては癪に障るのだ。


「そいつは、使徒の手に渡ったぞ。」

「原理はギムリウスしかわかりませんから、まともな解析はできないでしょう。壊したところで、もうギムリウスが量産体制にはいってますから。」


「ドロシーは、どうなんです。」

ぼくは思い切って聞いてみた。


ボルテックはいやな顔をした。

「あまり、おまえには喋りたくない。」

「一世紀ぶりの十代の彼女の話は、ですか?」

「それは、微妙に違う。このまま、ラオ滝にむかうか? 距離的にはそんなものだが。」

「その微妙に違う部分が成人指定にひっかかるなら、聞かないで置きますよ。ぼくは生物学的にはおこちゃまですし、西域の成人年齢は18歳ですしね。

向かいましょう。一日外出許可はとってあります。」


ボルテックは、喋りにくそうだった。

「・・・あれは魅力的な女、だ。」

「じじいの白昼堂々ののろけ話ですか?

どうやって、彼女があなたを誘ったのか、とかの細部の話は割愛してください。ルト対ボルテックは、いったん保留にしたいです。」

「いや・・・」

ボルテックは、苦い顔をした。そんな表情すら似合う。若い女はイチコロだろう。いまも、通りすがりの着飾った女性たちの何人かが振り返った。


「あれは、な。

戦うことにはむかない。もともと常識的でやさしい性格の持ち主だ。」

「それについては賛成します。」

「だが、それでもあいつには、戦わなければならない理由。強くならなければならない理由ができた。」

ボルテックはぼくの顔を覗き込んだ。

「おまえのことだぞ、ルト。」


それは、そうなのだ。いや、そうなのかな。リウが当時の「神竜騎士団」との決闘に彼女をクラス代表に指名しなければ。

リウが、魔道院との対抗戦に出ないと言い出したために、ドロシーは対抗戦にでるはめになり、そして、ボルテックと出会い。

・・・ほとんどリウが悪くないか?

あと、ロウとギムリウス。


「不満がありそうだな。ならこう言い換えようか。ドロシーが強くなりたいと願うのは、おまえのためであり、戦うことはおまえと一緒にいることへの贖罪の意味があるのだ、と。」


「いくらなんでも言いがかりっぽい。」

ぼくは講義した。

「自分が罰を受けるために戦っているってことですか。」

「あいつは我々のように戦いなんてもともと好まないんだぞ、ルト。」


ボルテックは別にこちらを誂っているわけでも、誤魔化そうとしているわけでもない。

それはわかった。


「苦痛を与えられることが贖罪であり、そのために戦っているのなら、それはある種、被虐趣味と一緒だ。」

・・・・

はい?

「ドロシーは、戦うこと、それによって痛みを与えられることは性的な快楽を求めることに似ている。」


ええ?


「彼女は、強い存在を目の当たりにすると、性的な興奮を感じる。そしてそれは強者と戦うことにより高まりエクスタシーを感じる。」

ぼく、に気を使ってか、もともとがじじいだからなのかずいぶんと、古風な言い回しをするもんだ。それにしても・・・

「だから、もし、おまえと久々に出会ったあいつは、性的な興奮状態にあったはずだ。そして手元には使徒の居場所を指し示すマジックアイテムがある、と。」

「戦うことが、快感になっている彼女なら使徒を探して戦った、と?」


「そこまで見境なしの淫乱状態になる訳では無い。だが逃走が可能な状態でもケンカを売りに行く程度の積極性はあっただろう。」


「・・・あのね、ボルテック老師、それって元に戻せるんでしょうね?」

「厳密に言えば戻らない。」

ボルテック!!!!


「だが、実際のところは徐々に落ち着いていく。俺が仕込んだのは、戦いを好まないドロシー・ハートという女にいかに苦痛なく戦いに身を投じられるようにするかという、テクニックの問題に過ぎない。」


戦いが快楽!

与えられる苦痛が悦び!?


ちょっと何いってのか分かんない。

だが、まあ、戦うことはある種、ストレスの発散にはなるよ。

それは同意する。


エリオット峡谷、というのは、ランゴバルドの西、冒険者学校からは歩けば半日ほど。ただ馬車の通れる道はなく、主要な街道からもはずれている。訪れるものはまずいない。


目指す滝はその奥にあった。


滝壺も園まわりの崖も、すべてが蜘蛛の巣で覆い尽くされていた。


「クックック・・・恐れずに、やってきたか。だが、ここがおまえたちの墓場となる。」

ストレスのぶつけ先は、巣の中心にいた。

ドロシーは、その傍らにいる。

蜘蛛の巣でつくった服のようなもので胸と腰回りを僅かに、覆っているだけでほとんど全裸に近い格好で使徒ゴウグレにもたれかかっていた。

ぼくらを見て、そのままけらけらと笑っていた。


いやあ。


ぼくはボルテックの逞しい肩をぽんぽんと、叩いた。


戦いって楽しいなあ!

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